上級者向け 受験マニアックス
2019年9月号 アクティブ・ラーニングの現状
最近よく聞くようになった学びのスタイル「アクティブ・ラーニング」。アクティブ・ラーニング型の授業を行う学校は増え、新学習指導要領(小学校は2020年度、中学校は2021年度、高校は2022年度から全面実施)でも、「主体的・対話的で深い学び」という名称で、実施されることが決まっています。
しかし一方で、アクティブ・ラーニングに対する無理解や、その効果を疑問視する教育関係者もあり、不十分な取り組みの学校も見られます。
今回のマニアックスでは、アクティブ・ラーニングの今後の課題等について考えてみます。
アクティブ・ラーニングの定義
アクティブ・ラーニングは、教員の講義を生徒が受け身で受講するだけに留まるのではなく、生徒自身が主体的に学びに参加する学習形態の総称です。受け身ではない能動的な学習により、生徒のモチベーションが上がり、興味関心や理解が深まることを目指します。具体的な授業の内容としては、自ら調査をする、グループワークを行う、生徒同士でディスカッションをする、学外で社会活動に参加する、学習内容をまとめてプレゼンを行う、などがあります。アクティブ・ラーニングを通じ、生徒たちはコミュニケーション能力、問題解決能力、深く考える力、表現力などを身につけていくものです。
アクティブ・ラーニングの学びの効果を考える際に有効なのが、「ラーニング・ピラミッド」です(下図)。学習方法と学習定着率の関係を記した図で、講義を受けるだけだと記憶が薄れるだけになりがちなことから、学習定着率はわずかで、読書、視聴覚、デモンストレーション……と、生徒の活動が多くなるほど、学習定着率は上がる、というものです。もともとは、アメリカ・オハイオ州立大学のエドガー・テール教授が著書の中で提唱した「学習経験の分類図、『経験の円錐』」が、もとになっていて、アメリカのNational Training Laboratoriesが後年整理して発表したものです。アクティブ・ラーニング型の学びの重要性を語るのによく用いられます。実際、教室でも生徒が隣の生徒に、その内容をきちんと教えられれば、概ねマスターしたと考えてよいことは昔から言われていますから、納得感のある話でしょう。
なお、インターネット上には、学習ピラミッドに「講義だけなら5%」、「他の人に教えるは90%」などと数値を併記したものが数多く見られますが、その数字そのものには直接の根拠はなく、感覚的な目安ですので注意してください。
出典 アメリカNational Training Laboratories: NTL
なぜ今、アクティブ・ラーニングが求められているのか
近年、アクティブ・ラーニングが注目されるようになった背景には、大学卒業までに身につける力について、産業界からの強い要請があったことがあります。
新卒の社会人について、「知識や技能は身につけていて指示されたことはそつなくこなすけれども、自分で考えて行動できない」「コミュニケーションが苦手」「新しいアイデアを出せない」といった点が、弱点として指摘されるようになりました。その背景には、産業界が求める社会人のスキルが変化した、企業側にも採用してからじっくり研修していく余裕がなくなった、などが指摘されています。そこで、自分なりにじっくりと考えて提案する力、他者と協力して新たな価値を生み出す力、積極性や表現力などを身につけた人材を育成するため、従来型の教育スタイルを改めることを国に求め、国も教育内容を改革していく方針を立てたわけです。
アクティブ・ラーニングは今までも様々な形で実践されてきた
日本の学校教育の原型ができたのは明治時代。ドイツ式の教育が手本で、先生が生徒に講義をする形式で皆が同じことを学んで同じ力を身につけることに重きをおいていました。しかし、時代の流れとともにこのやり方に疑問を持つ人が現れ、今でいうアクティブ・ラーニング型の取り組みが行われたこともありました。特に大正自由主義教育として、現代と同じような課題点から取り組みが始まり、戦後の民主化の中で、新しい教育を学ぶ動きも見られ、その後も高度成長期や、現代にいたるまで、例えば高校での卒業論文作成の取り組みなど、いろいろな実践例があります。中には、広島の海軍学校のように、短期間で「失敗」の烙印を押されてしまったものもあれば、「本校の伝統」として、連綿と続く取り組みも見られます。ただし、これらは学校独自の取り組みの域を出ず、中には特定の先生の個人技の範疇で進められてきた取り組みも少なくありません。今アクティブ・ラーニングが注目されているのは、新学習指導要領に「主体的・対話的で深い学び」として初めて位置付けられ、全国的に全校で、組織的に取り組んでいきましょう、という方針になったためです。
本当のアクティブ・ラーニングとは
近年、アクティブ・ラーニングを取り入れている学校は増えています。しかし、グループワークを行う、プレゼンをさせるなど、授業の形式だけを整えていて、本当に生徒が能動的に学んでいるのか、学びが深まっているのかについては、疑問が残るケースも見受けられます。「活動あって学びなし」と言えるでしょう。グループワークやプレゼンをすることがアクティブ・ラーニングなのではなく、これらはアクティブ・ラーニングの要素の一つにすぎないのです。
本当に中身のあるアクティブ・ラーニングとは何か、考えてみましょう。
【基礎・基本をおろそかにしない】
「主体的・対話的で深い学び」であるアクティブ・ラーニングを進めるためには、その土台として、基礎・基本がしっかりできていることが必要です。いくら対話や実践を重ねても、知識がなければ、そこから課題点を感じ取り、思考を発展させることができません。一見、楽しく生き生きしたアクティブ・ラーニング型の授業を行っていても、基礎的な学力をおそろかにしているようでは、深い学びができているとは言えないでしょう。
【深い意味でのクリティカル・シンキング】
最近よく聞く「クリティカル・シンキング」は、アクティブ・ラーニングを行う上で大切な思考方法です。日本語に訳すと「批判的思考」となりますから、「相手を批判、論破する」といったイメージでとらえられることもありますが、この言葉にはもっと深い意味合いがあります。
まず、言われたことを鵜呑みにするのではなく、本当にそうなのか、自分なりにしっかり考えること。そして、自分とは違う考えだと思ってただ批判するのではなく、相手がどういうことを考えているのか、しっかりと理解することが大切です。そこから、内容のある議論が進み、よりよい対案が生まれていくのです。
【内容のある調査】
アクティブ・ラーニングでは、あるテーマについて、色々と自身で調査をすることがよくあります。しかし、パソコンでパパッと検索をしてWEBサイトに載っていたことをそのまま写す、その分野の識者が言っていたことを真似する、といった安易な調査方法では、深い学びにはつながりません。本なら複数冊読んでみる、WEB検索や他人の意見を参考にするなら、様々な立場からの見解を知るなどして、内容のある調査を行う必要があります。ある学校では「本ならその分野の様々な著作を10冊は読め、WEB検索なら結果が表示されなくなるまで漁れ」と指示しているそうですが、このくらいやるつもりで取り組む必要があります。
【マナーを大切に】
アクティブ・ラーニングは、一人で行うのではなく、仲間と協働しながら進める学びです。よって、学びをスムーズに進めるためには、マナーを大切にすることも必要です。
まず大切なのは、他の人の意見はしっかりと傾聴して尊重すること。頑として他の人の意見を受け入れない生徒がいると、学びは滞ってしまいます。また、前述した「調査」では、グループのメンバーでそれぞれ違ったことを調べてきて持ち寄る「ジグソー法」という方法がよく用いられますが、グループの中に適当にしか調べてこない生徒がいると、学びが深まらず、周囲の生徒のモチベーションも下がってしまいます。
アクティブ・ラーニングを行う前には、みんなが楽しく気持ちよく学ぶためのマナーについて、生徒にしっかりと伝えることが欠かせません。
【教員の役目はファシリテーター】
アクティブ・ラーニングでは、生徒が自分で考えて伸び伸びと活動することが重要です。そのために教員には、生徒の議論の途中で口を出したりせず、中立的な立場で見守り、必要なときにアドバイスを行うこと、つまり「ファシリテーター」になることが求められます。教員がいかにファシリテーターに徹するかどうかが、アクティブ・ラーニングをうまく進めるポイントだといえるでしょう。
筆者はさまざまなアクティブ・ラーニングの授業を拝見していますが、ガミガミタイプや、発言がとかく「指示と命令」になりがちな先生、ソフトに対応でも、ある方向(正解に手っ取り早くたどり着ける道筋など)に誘導しようとする姿勢が生徒に読まれてしまう先生ではなく、生徒を伸び伸びと行動させ、誤った内容でも生徒が気楽に「こんな方法でいいのかな」などと話しかけやすいキャラクターの先生の方が、アクティブ・ラーニングはうまく行くようです。
【振り返りを大切に】
いくら生徒の興味を引き出す素晴らしい授業を行い、活発な議論や活動がなされても、その日の学びの振り返りをしないと、学びは細切れで終わってしまい深まりません。5分程度でも良いので、「こういう活動をしてこういうことがわかった」「こんな疑問が出てきた」といった振り返りを行い、それを家庭学習や次回の授業につなげていくことが、アクティブ・ラーニングには欠かせません。
アクティブ・ラーニングへの批判や課題
現在、さまざまな学校でアクティブ・ラーニングが行われていますが、教育関係者の中には、アクティブ・ラーニングに疑問を持っていたり、従来型の教育の方が良いと考えている方もいます。その批判的意見がどこからきているのか、考えてみます。
【学外と協力することの難しさ】
特に社会科学の分野では、教室内の活動だけにとどまらず、さまざまな仕事の現場を訪れ、体験したりインタビューすることが求められ、それによって、学びが深まっていきます。また仕事の現場以外でも、地域の図書館、地域の活動などと連携し、色々な立場や考えの人と出会い、一緒に活動をすることも大切です。 学校の中だけに学びがあるのではなく、学校を一つの基地として、生徒たちが社会に出ていき、そこで感じ取ったことをまた学校に持ち帰ってさらに深めていく学びが大切です。 しかし日本社会では、生徒が一生懸命自主的にアポイントをとって訪問しようとしても、受け入れてくれない企業や団体が多いのが現状です。学校と社会のつながりが希薄なため、本や雑誌、ネット上の情報しか得られず、表面的な学びで終わってしまうことが往往にしてあります。これは生徒や学校の責任ではなく、社会の責任です。アクティブ・ラーニングで学びを深めていくには、こういった面を改善していくことが必要です。
【教えている・教わっている方が楽という考え方】
決まったことだけを教えていれば良い講義型の授業とは違い、生徒一人ひとりの個性や到達段階を土台に、多様な活動を行っていくアクティブ・ラーニング型の取り組みは、先生方の負担が大きいものです。「講義型の授業の方が楽」と思う先生も少なくないでしょう。
一方、生徒の中にも、「先生に一方的に教わっている方が楽」という概念があるのが事実です。知識や技能を従来通り身につけ、さらに多彩な活動を行うアクティブ・ラーニング。従来型の学びに比べ、学習時間は大幅に長くなります。興味関心を持って高いモチベーションで取り組んでいるなら負担感はあまり大きくはありませんが、そうでなければ、学習時間が長くなるだけ負担になってしまいます。私が出会った生徒の中にも「活動自体は楽しいけれど時間がとられる、他にもやることがたくさんあるのに」と言っていた生徒がいました。
また、はじめから正解を教えて欲しいと考える生徒もいて、「先生なんだからちゃんと教えてよね」「なんで失敗する前に教えてくれないの」という言葉も聞いたことがあります。自分であれこれと試行錯誤すること、失敗も糧として学びを深めていくこと、自分で間違いに気がつくことを目的としているのに、その意図をわかっていないのです。子どもに「失敗をさせたくない」「なるべく近道を選ばせたい」といった保護者の意識、家庭でのちょっとした発言が、生徒に反映しています。何かというとハウツー本を求めたがる社会の風潮がその背景だ、と言ったら言い過ぎでしょうか。
生徒が「学習時間を延ばしたくない」「自分で考えるのが面倒臭い」という意識を持っているうちは、いくらアクティブ・ラーニングだといっても、学びは深まらないでしょう。
【個人差をどうとらえるか】
アクティブ・ラーニングを楽しみ、興味・関心を加速度的に膨らませていく生徒は、学びを深めていきます。しかし一方で、アクティブ・ラーニングが面倒だ、大変だ、やっている意味がよくわからない、などと感じている生徒がいるのも現実です。アクティブ・ラーニングに批判的な教育関係者からは、この「個人差」を問題視する意見が聞かれます。生徒自身が主体的に取り組むアクティブ・ラーニングは、学びの深まりが、場合によっては生徒の自己責任になりかねない部分もあるからです。
「でる杭も落ちこぼれもつくらず、均質な学力を身につけさせること」を重視してきた従来の日本の教育の考え方からは、無理もないことかもしれません。アクティブ・ラーニングに消極的な生徒、保護者、そして背景にある社会の考え方をどう変えていくか、地道な取り組みが求められます。
アクティブ・ラーニングの効果測定
アクティブ・ラーニング型授業の効果は上がっているのでしょうか。現場の先生からは、「生徒の発言が増えた」「面白い意見が飛び出すようになった」「生徒同士で自主学習している姿をよくみるようになった」「興味がなかった分野を面白いと言ってもらえた」などという声を聞き、しっかり取り組んでいる学校では、生徒の学びが深まりつつあると感じます。
また、特に数学は、「嫌いだけど大学受験に必要だから仕方なく勉強している」という生徒が多かったのですが、アクティブ・ラーニングによって学びを楽しむようになり、苦手意識が薄れてきたという話もよく聞きます。アクティブ・ラーニングによって、その教科が苦手な生徒の意識を変える効果が出てきたようです。
しかし、これらはあくまでも生徒の意識の話です。アクティブ・ラーニングを行ったことで、実際に定期テストの点数が上がった、大学合格実績が上がったといったエビデンスは、まだ十分ではありません。また、ある生徒の成績が上がったとしても、それがアクティブ・ラーニングの効果なのか、補習や基礎練習のおかげなのか、個人的に関心を持つ出来事があって学習意欲が高まったからなのか、といった分析も、個別事例はいろいろあっても、教育方法論の上での本格的な理論化はこれからです。アクティブ・ラーニングの効果測定結果が自信をもって語れるようになるのは、生徒の成長を振り返って、どのように評価するか、という面が強いため、もう少し時間がかかることになるでしょう。ですが、アクティブ・ラーニングに懐疑的、批判的な人でも、「その教科が好きな生徒は学力が伸びることが多い」ことを否定する人はいないでしょう。筆者は、現段階では「意識が変わった」ことを成果としてアクティブ・ラーニングを評価していきたいと考えています。
私立中学校におけるアクティブ・ラーニングの取り組み例
以下は、先進的なアクティブ・ラーニングの取り組みを行っている学校を紹介した記事へのリンクです。実際の授業の様子や生徒の意識の変化をご紹介していますので、ご参照ください。