上級者向け 受験マニアックス
2021年2月号 未知の事象に対しての「判断力」について
今もなお感染拡大を続ける新型コロナウイルス感染症や2011年の東日本大震災など、未曾有の事態に直面した日本の対応能力について、近年さまざまな意見が交わされています。
今回のマニアックスでは、こうした誰しもが経験したことのない課題に対面したときに必要な「判断力」について考えます。
判断力とは何か
判断力とは、今まで経験してきたことや集めてきた情報をもとに、目的・状況に合わせて、どのような結果が期待できるかを類推して、行動を決定するという力です。判断をするという行為は、身近な家庭から会社など仕事の現場まで、あらゆる場面で日常的に行われています。例えば会社のなかでは、大きく言えば経営に関すること、あるいは一つの部署での日常の活動に関することなど、大小関わらずさまざまな場面で判断が求められます。
こうした判断力は実社会だけで身につけるものではなく、多くの場合、学校という一つの社会生活の中で培われていきます。学校現場というのは、失敗をしたとしても、再挑戦が許される場所です。授業だけでなくホームルームや生徒会の活動、部活動、学校行事など、さまざまな場面で判断する機会があり、生徒同士や生徒と教員の人間関係を通じて、相互刺激による気づきや、新たなものの見方、深い学びを身につけ、多くの経験を積んでいく中で、だんだんと判断力のベースが形作られていきます。そして、社会人となって、だんだんと責任も重くなっていくなかで、先人の判断結果を取り入れたり、あるいは読書や自分なりの情報収集で判断力を高めていきます。
判断力を身につける過程から考えると、今までに遭遇したことがないようなケース、未知の事象に出会ったときの判断には非常に勇気が必要となります。自分自身が経験していない、調べても解答が出ないようなことに対して、判断を保留にするのはよくある話ですが、立場や周囲から求められるなどで、判断を迫られることも少なくありません。未知の事象や課題に直面したとき必要になるのは、多くの情報や知見、意見を踏まえて、その判断で起きることを、シミュレーションを踏まえてイメージし、リスクの大きさを踏まえてモアベターと思われる方法を選択することでしょう。そして時には判断ミスがあるかもしれませんから、ミスをしたと気づいたときは、すぐにそれを認め、修正する勇気や覚悟も必要です。
判断力を育むためには
これから中学、高校、大学と進んでいくお子さんにとって、一番大事なことは、学校生活を通して、いろいろな知識を身につけ、経験を積むことです。そして判断力を養うためには、何よりも判断をする場面に積極的に参加することが大切です。学校は、失敗をしてもフォローをしてくれる環境です。個人からグループ、学年など単位はさまざまですが、判断をしていくトレーニングを、ぜひとも学校という一つの社会で取り組んでいただきたく思います。
常に受け身で誰かの判断を仰ぐ、あるいは自分から積極的に判断する立場に立とうとしない、という姿勢で学校生活を送ることは非常にもったいないことです。意見が食い違えば激論になることがあるかもしれません。仲たがいすることもあるかもしれません。自分の意見が通らずに不本意な思いをすることもあるでしょう。こうしたことを避けて、お互いに空気を読んで無難に行動することに慣れてしまうと、未知の事象に出会ったとき、判断をすること自体に恐怖を感じ、逃げてしまうこともあるかもしれません。
誰しも、経験したことのない事象に直面した場合は、判断ミスをしてしまうこともある程度は仕方ありません。特に事故や災害に遭遇したような場合や、経営者なら、経営上の重要な判断を迫られたような場合は、逃げるわけにいきません。その場でモアベターな判断をしていかないと、自分自身の身も守れなくなるかもしれません。繰り返しになりますが、これからの社会を担うお子さんたちには、ぜひとも学校生活のなかで、失敗を恐れずに積極的に判断をしていくトレーニングを積み重ねていただきたいと思います。
中高一貫校という選択
中学、高校をあわせた6年間という期間を見ると、それぞれの中学生活、高校生活の中で、自分から進んで判断して行動する機会や、判断を迫られることが何回もあるでしょう。その機会が多いほど、経験を積むことができます。しかし、地元の公立中学から高校受験というルートだと中学3年生の後半は受験対策にどうしても追われることになります。その間は、勉強のことなど自分自身で判断していくにしても、生徒自身がさまざまな活動で判断の経験を積み重ねていく場は、どうしても減りがちです。高校入試で見事希望校に合格し、入学しても、ある程度の人間関係が構築されるまでは、生徒同士や生徒と教員といった、人間関係をベースにした判断力を磨く機会はあまり多くないでしょう。トータルで1年程度は、判断力を磨く機会から遠ざかりかねないと感じます。その点、高校受験がない中高一貫教育では、中学3年の後半から高校1年の前半という1年間にも、さまざまな判断力を養う機会があります。
もちろん、積極的なお子さんは高校受験が間に挟まっても判断力を磨く機会を多く持つことができると思いますし、中高一貫校を選択したとしても、前述のとおり、常に受け身で誰かの判断を仰ぐ、あるいは自分から積極的に判断する立場に立とうとしない、という姿勢でいたら、判断力を磨くことはできません。中高6年間一貫教育は自分自身の判断力を培う経験が、より豊富に積める場です。6年間という時間を最大限に生かせることが中高一貫校のメリットですから、中高一貫教育を選択していただき、自分自身で積極的に判断力を磨いていただきたいと思います。
オンライン学習では補えない学校の役割
緊急事態宣言発出によって、オンラインでの授業を導入する動きが広がっています。基本的に現在の小中高までの教育は、登校して授業に出席することが大前提として学校制度が組み立てられています。現状ではオンライン学習は、原則として家庭学習であって、一部の例外や弾力的な運用を除いて「学習内容を履修しました」という意味での「登校しての授業出席」の代わりとしては認められていません。しかし、文部科学省では現在中教審で議論し、条件を整えた上でオンライン授業の視聴も正規の授業出席、履修として認めようという動きがあります。
これが正式に答申として出され、政策に反映すると、オンライン授業の視聴が一定程度授業に出席することと同等に評価されるかもしれません。極論ですが、定期テストで一定程度の点数を取り、提出物がしっかりできれば、一度も授業に出席しなくても、履修したとして認められることになるのかもしれません。ここで問題になるのは、中学生、高校生として身につけるべき力は、こうしたものだけなのか、ということです。オンライン学習でしっかりカバーできるのは、あくまでも知識や技能です。生徒同士の相互刺激による気づきや、ものの見方を深める活動には限界があります。
こうしたことを書くと、今は双方向の通信で議論も十分できるではないかと感じるかもしれません。コロナ禍前でも生徒たち同士が、夜に自宅でSNSを通じて宿題についてやり取りをする場面は数多く見られました。しかし、こうしたことは、土台の人間関係が構築できていて、その場の目標が共有されていてこそです。テレワークになって、双方向で会議をするときは、対面で行うときのように冗談が混じったり、話が脱線したりしにくくなっていることにお気づきの保護者の方も多いでしょう。冗談や話の脱線は、往々にして時間のムダになりますが、同時に新たな気づき、着想の場にもなることは、多くの方が経験していることです。生徒たちが、学びを深め、判断力を磨いていく経験を積むためには、「学校」という社会的な集団活動の場が不可欠です。
繰り返しになりますが、オンライン学習があるから学校に登校しなくてもいい、ということではありません。生徒同士がお互いに顔を合わせることによって、初めて得られる経験がたくさんあり、経験を積むことで培われる力は大きいものがあります。その機会をより多く持つという意味で、高校受験を間に挟まない中高6年間一貫教育には優位性があります。保護者の皆さんには、6年という時間を最大限に活用できる環境で、お子さんにじっくりと経験を重ねながら判断力を身につける機会を設けていただきたいと思います。