上級者向け 受験マニアックス
2020年4月号 2020年度中学入試の出題傾向
この記事は2020年度の情報です。最新の情報は2023年4月号をご覧ください。
今回の受験マニアックスでは、2020年度中学入試の出題傾向を教科ごとにふりかえり、来年度に向けての対策などをご紹介します。
国語
「小説・随筆・評論などの文学的な作品を読解するもの」という今までの国語のイメージとは少し違った出題が増えてきました。特徴的なのは、図やグラフ、表などデータを視覚的に表現した「非連続型テキスト」から情報を読み取る問題です。「非連続型テキスト」( non-continuous text )とは見慣れない言葉ですが、経済協力開発機構(OECD)が実施している学習到達度調査「PISA」の報告書に出てくる言葉で、データを視覚的に表現した図・グラフ、表・マトリックス、技術的な説明の図、地図など、文章以外で書かれた情報のことで、小説や説明文、解説、議事録など、連続する文章から意味を理解する「連続型テキスト」とは異なる概念になります。
「非連続型テキスト」の問題が増えた理由のひとつには、2000年から3年ごとに実施されている「PISA」で、読解力の分野では、何度となく日本の高校生の「非連続型テキスト」の正答率が、「連続型テキスト」に比べて課題があることが指摘されてきたことがあげられるでしょう。2018年実施の調査結果では、日本の高校生の読解力の低下傾向が示され、マスコミでも大きく取り上げられました。低下傾向の原因の一つは、今回も「非連続型テキストの読解」です。文部科学省も承知していて、新学習指導要領(小学校では2020年度、中学校では2021年度から完全実施、高校は2022年度の新入生から学年進行で実施)の国語では、非連続型テキストの読解を重視していく方針となりました。中学入試は社会の動きを先取りする傾向がありますが、今回の国語の出題傾向には、こうした社会の動きが反映されたものといえるでしょう。これまでは非連続型テキストの読解を学ぶ機会は少なかったと思われますが、今後はグラフや表などを読み取る力の育成も学校教育に取り入れられていくと思われます。
従来型の文章問題では、出題テーマが多様化していて、今年は特に「大人の感覚」が求められる文章が目立ちました。例えば、渋谷幕張では「大人同士の恋愛」、城北では「夫婦間の葛藤」、早稲田実業は「我が子を大切に思わない離婚した夫との軋轢」などです。「子どもには難しいのでは?」と思う方もいるかもしれませんが、学校側としては「12歳なりに実社会の抱える問題を考えてほしい」というメッセージなのかもしれません。「夫婦間の葛藤」など複雑なテーマに完璧な回答を求めているわけではなく、そうした問題を不思議に思わずに受け入れられる子どもが求められています。
出題形式では、選択肢の出題の文章が長くなっている傾向が見られます。なかには選択肢がそれぞれ100~200文字程度あるような出題もあり、全てに目を通さなければ答えられない時間のかかる問題です。一方、選択肢の長文化の代わりかもしれませんが、「正しいものを全て選びなさい」という複数選択型問題は若干減少しました。
記述問題では、自分の経験や考えを交えて答えさせるような問題が増えています。例えば頌栄では「あなたにとって先生と生徒の関係はどうですか?」という自分自身の経験を踏まえた回答を求める問題、千葉大学附属では「自由とは何か、具体例を挙げてあなたの考えを述べなさい」という大人でも難しいテーマの問題が出題されました。学校側としては、大人が考えるような回答を求めているのではなく、子どもらしい視点や自分の経験に基づいた捉え方をした回答を期待しています。日頃から、自分なりの考えを文章で表現する練習を積んでおきましょう。
算数
出題分野の傾向を見ると、記述で説明する問題が増えてきました。例えば、中堅校では 「イコール(=)の意味」を説明させる問題がありました。本来、数学的にはイコールは「右辺と左辺が等しい」ということを意味しています。しかし、「1+1=2」を例にあげると、「1+1の計算結果が2になる」という文脈の形で考える子どもも多く、また「30÷7=4余り2」など「余り」について考えた場合、イコールを「アンサー」として捉えることもできます。こうしたイコールの意味合いの違いを説明させる問題などが珍しくなくなってきました。
定番問題としては整数や規則性についての問題が増えました。また、複雑な平面図形や立体図形を組み合わせて長さや面積を求める問題、立体の切断面についての問題、点が移動するなど状況が変化していく問題などの難しい問題が今年も多く出題されました。これらの問題はつるかめ算などの古典的な解法を問われているのではなく、発想の柔らかさを求めているのでしょう。練習問題を数多くこなして、さまざまなテクニックを身につけるだけではなく、自分自身の考え方で式を作っていけるようなトレーニングもしっかりやっていきましょう。もちろん従来の定番問題も出題されますので、日頃の計算や一行問題の練習も欠かさずに行うことが大切です。
算数は一般的に合格最低点が低くなる傾向のある科目です。従って、前述の記述問題などの手がつけにくい問題が答えられなくても、従来の定番問題をきっちりと答えられれば、合格最低点は取れます。最初から「全部の問題を解こう」「満点を目指そう」とは考えず、「できない部分があってもいい」「解けるところは絶対に落とさないように見直しをする」といった考えで挑むと良いでしょう。
理科
物理・化学・生物・地学など、さまざまな分野から出題されますが、基本事項は小学校の教科書の範囲から出題されます。深い出題は塾の授業や受験用の参考書が必要ですが、基礎・基本があってこそですから、小学校の教科書をないがしろにしないことが大切です。ただし、技術の進歩についてはしっかり踏まえておく必要があります。例えば、現在中学受験生の保護者の方が小学生だった頃には「LED」は習っていないと思われますが、今は教科書に登場しています。そうした技術革新を前提にして、理科の入試問題は組み立てられていることを理解しておきましょう。
物理や化学、地学の分野では、いずれもグラフを読み解く問題が目立ちました。化学では体積や容積が変化していく様子、天体の問題では毎日変化する月の形など、変化の状況をグラフで表した複雑な出題が多く、イメージがわきにくいと感じる受験生が多い出題です。
生物分野では、一時期はあまり身近ではない植物が出てくるなど奇をてらった問題もありましたが、最近は一般的な動物や植物をテーマにした出題が主となりました。例えば、生物の成長の条件、食物連鎖についてなどです。また観察データなどから生物を分類していくという出題も多くみられます。特徴的な問題では、昆虫などをスケッチさせる出題がありました。上手に絵を描けばいいということではなく、脚がどこから出ているかなど、特徴的な部分をおさえた模写をすることが求められています。
理科では、周年行事に絡めたことがテーマに選ばれることが多いです。例えば2019年は「アポロ月面着陸50周年」だったこともあり、例年にくらべて天体にまつまる問題が多くありました。2021年入試に向けては、1920年や1970年など区切りやすい年の事柄を振り返っておくことも必要でしょう。
社会
全体的な傾向として、国語と同様に、問題文や統計資料についての説明文が長くなっている傾向が見られ、長い文章をスピーディに読み解く力が求められています。また、地理、歴史、政治・経済など社会科の各分野に共通して大切なのは、社会の最新事情に関しての感度を高めておき、小学6年生なりの視点から自分の意見、考え方を持っておくことです。評論家のような大人の視点は不要です。むしろ「人としての自然な感性」での意見、考え方が大切です。
今年の入試問題では、今の子どもたちにとっては身近ではない「火鉢」や「軒」など、かつての日常生活で当たり前に目にしていた道具や生活習慣に関する出題が注目されました。今の子どもにとっては、昔の暮らしを想像することは難しかったかもしれません。参考書に書いてある歴史や地理だけではなく、たまには保護者の方から、そうした昔の暮らしについて話したり、一緒に考えてみる機会をつくると良いでしょう。
時事問題については、今年は新天皇即位やオリンピック・パラリンピックなど大きなトピックスにまつわる出題が多くありました。他には、キャッシュレス、働き方改革、コンビニの24時間営業、消費税増税、海洋プラスチック問題、トランプ政権、ロヒンギャ、沖縄の基地移設、時の人としてはグレタ・トゥーンベリさんなどが取り上げられました。子どもには重たいと感じられるテーマもありますが、こうした社会問題にもアンテナを張りたいものです。お子様はなかなか関心を持たないかもしれませんが、日常の何気ない保護者との会話の中に織り込んでいくことによって、少しずつ関心が向けられていきます。
歴史分野では、文化や人物などテーマごとに歴史を細かく区切った出題が多くありました。他に目立ったのは今の世の中の動向を反映させたような出題があり、例えば渋谷幕張では、妻が夫に離婚を迫る「江戸時代の離縁状」について出題されました。
今回、入試問題に登場した日本国憲法のテーマで多かったのは憲法第25条の生存権についてでした。もちろん、条文そのものを暗記して答えるような出題ではなく、この条文の内容と現実の生活を結び付けた出題です。次年度に向けても、2020年現在猛威を振るっている「新型コロナウィルス」に結びつく形で、再び生存権が取り上げられる可能性が高いので、改めて理解を深めておくと良いでしょう。また、アルファベットの用語ではSDGs、IAEA、WTOの3つが大変目立ちました。昨年では、日本で新たな世界遺産の登録もあったため、UNESCOが非常に多く出題されていました。時事問題をチェックする際は、こうしたニュースにもアンテナを張っておきたいものです。
トピックス:中学入試における英語の出題事例
今年の4月から新たに実施される学習指導要領によって小学5年生、6年生で英語が教科化されました。現在はさいたま市立大宮国際中等や、「英語入試」と銘打った一部の入試以外は、基本的には英語は出題されていません。しかし今年の入試では、本格的な英語ではありませんが、出題に英語を含んだ記述式の問題が見られました。千葉大学附属です。
電話を英語にするとtelephoneです。ここで使われているtele-という部分は、下のように他のいくつかの単語でも使われます、tele-という部分にはどのような意味があるでしょうか。あなたの考えを、理由もふくめて答えなさい。
television(テレビ) telescope(望遠鏡) telepathy(テレパシー・以心伝心)
teleport(テレポート・念力移動) telegraph(電報)
問題では、接頭語について問われていますが、学校側は、知識として接頭語を知っていることを求めているわけではなく、英単語を通して共通点を見つけてもらいたいという意図による出題です。
昨今、中学受験関係者の一部から中学入試の英語について「出題されない」あるいは「大々的にはならない」という声があがっています。具体的には、既存の教育環境では英語力熟達の見通しがたっていないため、学校側も対応できないだろうという予測です。進学塾でも英語の導入には消極的な意見が見られます。しかし、江戸川学園取手を例にあげると、昨年の入試より選択で英語科目を選べるようになったというケースもあります。
学校が求める水準や英語の入試については、さまざまな意見がありますが、少なくとも学習指導要領に基づいた出題が前提の国立や公立一貫校については、2020年からの新学習指導要領で小5、小6の2年間学んだ受験生が入試を迎える2022年度入試からは、出題が少しずつ広がっていくでしょう。私立中学の中にも追随する動きが出てくると考えられます。中学入試段階の英語への否定的な意見に引きずられずに、前述の千葉大学附属の出題のように、知識に走るではなく、英語への親密度を測っていこうとする学校は増えていくとお考えください。