上級者向け 受験マニアックス
2020年6月号 オンライン授業を考える
新型コロナウィルスの感染拡大の影響で休校等が続いたことから、オンライン授業が注目されました。今回の受験マニアックスでは、このオンライン授業の現状についてお話ししたいと思います。
政府も動き出す
2019年末、オンライン学習を進めるために、学校から生徒に1人1台、PCあるいはタブレット等の端末を整備する「GIGAスクール構想」が政府より打ち出されました。この「GIGAスクール構想」が、今回の新型コロナウィルス感染拡大を受けて、改めてクローズアップされています。当初は2022年度までの3年計画で、公立でも「すべての児童・生徒1人に1台」を実現すべく、2020年度は小5、小6、中1に1人1台タブレット端末などを配備する計画でしたが、休校の長期化や新型コロナウィルスの第2波、第3波の感染に備えて、補正予算で今年度中に小中全学年で1人1台配備することになりました。
一方、多くの私立中高一貫校や、公立でも都立白鴎などの先進的な学校では、すでにさまざまな形でオンラインの授業を進めています。
オンライン授業の進め方
まず一つは、動画での授業配信です。こちらは動画とともに、別に配信される課題プリント等で学習を進めるパターンです。課題のプリントは対応したシステムを使って、学校の先生に提出します。
新高2は、春休みの受験補習に代わる動画や課題配信を行いました。この動画はライブ授業(古文)の様子です。 本校は4月30日まで休校となりました。在校生が規則正しく生活し、学習リズムがつくれるように、4月8日ごろから動画や課題を配信する予定です。取り組みの様子はFacebookでお伝えします。(入試広報室 細野)
田園調布学園中等部・高等部さんの投稿 2020年4月1日水曜日
動画での授業配信の事例
高校2年生 受験補習の授業 提供 田園調布学園
もう一つは、Zoom等のアプリを使った双方向型の授業です。リアルタイムでコミュニケーションを取りながら、自宅にいながら生徒自身も授業に参加するパターンです。
双方向授業の事例
右側の画面にクラスの生徒(画像では高校3年生)が映り、
家庭での生徒のパソコン(タブレット)には先生が映っている
提供 十文字学園
生徒同士が集まらなければできないこともあるため、これで学習の遅れがないとは言いませんが、その遅れを最小限で済ませられるように、こうしたオンライン授業の取り組みが各学校で行われています。いくつかの学校の事例を見ると、やはりもともとICT機器を多用していた学校は、非常に早く準備が進み、スムーズにオンライン授業に移行できたようです。また、同じ学校、学年であっても、担当の先生によって、教科の特性もあるため取り組み方が違うケースもあります。こうした取り組みは、早い学校は4月当初から、準備に時間がかかった学校でもゴールデンウィークの前後から軌道に乗り始めたようです。
オンライン授業のメリットとデメリット
動画配信で学習するケースは、すでに多くの大学受験指導の予備校・塾や社会人向けの資格試験、通信制高校の授業など、さまざまなところで行われている方法で、「動画での授業」が上手な先生ならば、一方通行でも十分効果を発揮します(ナマの授業が上手だからといって、動画でも上手だとは限らず、逆もあります)。ただし、それには学ぶ側にも一定程度のスキルが必要です。授業を聞く姿勢ができていて、なおかつ、その先生の授業に参加できるだけの基礎知識(前回までの復習がしっかりできている)を持っていれば、オンラインでの学習も問題はありません。
しかし、特に嫌いな教科など、その授業に対して意欲・関心が薄いと、一方通行の動画配信の授業では、しかたなく動画を見ているだけ、聞いているふりをして別のことを考えている、そんな生徒も少なくないようです。大人でも、関心がなく、見る必要性も感じない動画を見なければならない時はつらいでしょう。こうした点を改善していくこともオンライン授業の一つの課題となるでしょう。実際に取り組んでいる私立の学校の事例として、やはり動画配信の授業に対して生徒が身を入れて聞いているかどうかは、課題の提出物を見るとよくわかるそうです。身についていないと感じたときには、担当の先生が直接電話をして、詳しく説明をする機会を作るというケースもあります。
双方向の授業なら、意欲・関心が薄い生徒にも、あるときは注意しながら、あるときは関心を向けたくなるような話をして注意喚起することが可能です。また、わかりにくいところがあっても、質問することができます。先生の画面には、生徒ひとり一人の表情が映し出されますから、ナマの授業のように生徒の顔つきを見て授業を進めることができます。
しかし、双方向授業はどうしても即応性に欠けがちです。先生1人対生徒30~40人の授業になるわけです。実際のナマの授業では、ある生徒が先生に質問していると、別の生徒が「それ、こういう意味でしょ」などと割って入ることや、隣同士ですぐにちょっとした相談をすることなどは珍しくありません。不規則発言のように思われるかもしれませんが、集団としての生徒同士のやり取りも授業中に存在し、その相乗効果が授業になるわけです。双方向授業では不規則発言があまりなく、整然と進みますが、その分、疑問点などへの即応性に欠ける面があります。保護者の方ならば、会議がZoom等になって、ナマの会議とどのように変わったか、思い浮かべるとお分かりだと思います。
また、オンライン授業は同じ時間で中身が濃くなる傾向があります。動画配信の場合、先生の話が横道に脱線することが減って、授業の進みが早くなりがちです。その分密度が高くなりますから、効率よく授業が進むように見えますが、受け手の生徒が授業で受け入れられる内容の量には限りがあります。先日、群馬大学の共同研究グループが行ったウェブ調査で、パソコンなどのネット機器を学習で利用した児童の疲労度が、ゲームなどの娯楽で利用した児童よりも高い可能性があると報じられましたが、中身が濃くなることが疲労の一因かもしれません。
双方向の授業も、整然と行われることから同じ時間で進みが早くなりがちです。会議がZoomなどになって時間が短くなったと感じている保護者の方もいらっしゃるでしょう。
このような点から、動画配信でも1人の先生が講義を続けるといったパターンではなく、2人の先生が掛け合いで授業を進めることや、授業を「動画視聴30分+生徒自身の演習タイム20分」といった構成にして、生徒の集中力が途切れないように工夫をしている学校もあります。
他にも、生活のリズムがつながるように、1時間目は午前9時から午前9時半まで、というように時間割を組む学校やオンライン上で朝礼を行う学校、気持ちを切り替えるために「オンライン授業を受ける際は制服に着替える」という取り組みなどは多くの学校で実施されています。
動画配信と課題プリント、あるいは双方向などのオンライン授業は、教科内容について説明していくという座学的な学習ならば一定程度カバーすることができます。しかし、実験・実習的な授業ができないだけではなく、生徒同士が集団で学び合うという学校での学習の大きな要素がオンラインではどうしても不十分になってしまいます。もちろんZoom等のアプリを使えば、生徒同士でもさまざまな議論はできますが、スムーズとは言い切れません。
集団で学ぶ場所としての役割
学校は再開されました。当分の間は、分散登校や短縮授業などの対策を取りながら、徐々にナマの授業時間は伸びていくことになります。
繰り返しになりますが、アクティブ・ラーニング型の授業や課外活動など実際に集まらなければできない学習が当然あります。「全面的にオンラインに切り替えられる」「映像授業の配信だけで、学習活動がすべてカバーできる」と考えるのは正しくありません。やはり実際に集まって授業や課外活動に取り組むことが、集団生活の学校の良さであり、役割でもあります。
学校が正常化した後のオンライン授業
コロナ禍で注目されたオンライン授業は、もともと学校休業対策として導入されたものではありません。教育のICT化は、たとえば「調べること」を、インターネットを使う事で学校の図書館で調べられる範囲を超えて、広く情報を収集できることや、なかなか黒板に描いただけではイメージがつかみにくい物体の移動、向きの変化などを把握すること、他には体育の分野でも、自分では気づかない「プレーのくせ」などを、動画で撮影することで、簡単に自分で再確認できる、など教育の質の深化の面で効果があると考えられたことから進められてきました。その中で、オンライン授業は反転学習の手段として位置づけられてきました。
反転学習とは、いわば予習の深度化です。学校のナマの授業で「そもそも」や知識的なことを座学で学び、演習や応用問題が宿題として家庭学習に回る授業スタイルでは、「理解が早い生徒」や「得意な生徒」は家庭学習で力を伸ばしますが、そうではない生徒は理解不十分になりがちです。そこで、座学的な部分は事前にオンラインで学び、学校の授業ではオンラインで学習してきたことを前提に演習や応用問題に取り組む授業にすれば、理解不十分な点もその場で先生がもっと詳しく説明することができて、理解十分な生徒には、さらに高度な課題を提示することができる、こうした授業の流れを反転学習といいます。
今までも、しっかりと教科書を読んで予習していれば、反転学習と同様の授業ができました。実際、難関進学校などでは、こうしたパターンの授業が少なくありませんが、教科書を読んだだけでは理解できないことも多々あります。そこで考えられたのが、オンラインによる反転学習です。先進的な学校を中心に、すでに取り組みが始まっています。コロナ禍が一段落して学校が正常化した後は、反転学習がさらに広がっていくでしょう。
来年度の入試について
公立高校入試については、5月13日に文部科学省より新型コロナウィルス感染拡大の影響で休校が続いていることを受け、出題範囲などについて配慮するよう求める通知が出されました。また中学受験や小学校受験においても、同様の配慮をすることを求めています。
中学受験は、公立小学校の学習進度をあまり意識しないで出題されるケースが大多数です。各塾の夏期講習は受験勉強の山場の1つですが、今年は公立小学校の夏休みが短く、不安を感じている保護者の方も多いと思います。実際の出題範囲の決定は各校ともこれからになりますが、受験生の不利にならないように配慮することになりますし、特に最近は細かな知識を問う出題が減っています。オンライン授業の取り組みも行われているので、受験生や保護者の皆さんは安心して中学受験の準備に臨んでいただきたいと思います。