上級者向け 受験マニアックス
2019年6月号 どうなる? 大学入試改革
これまでの受験マニアックスでも度々取り上げてきた「大学入試改革」。その実施時期がいよいよせまってきました。今回は、現時点でわかっている改革の内容をご紹介し、その対策を考察します。
大学入試改革とは
背景
グローバル化やAIの進化が進む今、社会人、特に企業人に求められるスキル(能力)は変わってきています。かつての日本社会では、良質で均質な商品やサービスを大量に低廉に提供することが重視され、日常生活では横並び、「みんなと一緒」が求められ、企業では指示されたことを正確にこなす人材が重用されました。いろいろな場で「出る杭は打たれる」ケースも見られましたが、今後は、多品種少量生産であってもオリジナリティにあふれる商品やサービスが求められ、多様なニーズに柔軟に対応する力が重視されます。必ずしも「みんなと一緒」である必要はなく、むしろ「あなたらしさ」、「私らしさ」が大切にされ、多様性を包み込むような社会がめざされています。こうした社会で活躍するには、幅広い視野や深い教養、しっかりした洞察力や感受性、自分なりに工夫する力や自分の考えを表現する力などが必要不可欠になります。どれも従来型の日本の教育ではあまり重視されていなかったことから、教育内容を見直す必要性が叫ばれるようになり、その一環として、各大学には教育内容の品質向上を求めるとともに、その内容を公表することを求め、高校までの学校には新学習指導要領を実施、そしてその間をつなぐ大学入試制度も改革することになりました。
目的
従来の大学入試は「受験勉強を積み重ね、それまでに身につけた知識や技能を使って解答用紙を埋めていく」という形式が主流でした。しかし今回の大学入試改革では、「知識・技能の確実な修得」の他に「思考力・判断力・表現力」と「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」を「学力の3要素」と位置付けています。そこで現在の「大学入試センター試験」をシステムチェンジして「大学入学共通テスト」という新しい入試を行うことになりました。
スケジュール
改革された新しい大学入試が実施されるのは、2020年度(大学入学は2021年4月)からです。2020年度から2023年度の間は先行実施期間で、本格実施は2024年度(大学入学は2025年4月)からとなります。
この二段階実施の背景にあるのは、新学習指導要領への切り替えです。新学習指導要領は、小学校では2020年度から、中学校は2021年度から全面実施され、高校は2022年度から学年進行で実施されるので、2020年度から2023年度の間は、新学習指導要領での教育を受けていない生徒が大学入試を受けることになります。従って先行実施期間中は、従来の教育を受けた生徒でも対応できるように、部分的な変更のみとなっています。
「大学入学共通テスト」の内容
概要と私大への影響
「大学入学共通テスト」は、現在の大学入試センター試験の代わりになる試験です。つまり、国公立大学に入学するための一次選抜です。私立大学は、必要に応じてこのテストを利用することがでます。中には「国公立大学の入試がどうなろうと本学には関係ない」というところもあります。しかし、多数の私大は国公立大学との併願のしやすさや、教育内容の品質向上の観点から、大学入学共通テストの動向を配慮するので、私大の入試内容にも影響が出ています。
入試の名称変更
入試の呼称が以下の通りに変更されます。
- 一般入試→一般選抜
- AO入試→総合型選抜
- 推薦入試→学校推薦型選抜
現状のAO入試や推薦入試は、必ずしも制度創設時の理念通りになっているとは限らず、様々な大会等の受賞・入賞歴や資格などだけでなく、部活動の成績やボランティア活動の経験などが評価の中心になっている大学も見られますが、これからは学力も求める方向にするとされています。基本的には大学入学共通テストの受験も課すような大学も出ますが、2020年度から一気に学力ウエイトをすべての大学が高めるのは難しく、しばらくは実質的には現在とあまり変わらない状況になりそうです。
数学と国語に記述式問題を追加
2020年度の大学入学共通テストでは、数学と国語に記述式問題が追加されることになっています。
- 数学:数Ⅰに記述式問題が3問入り、試験時間が60分→70分に延長される。解答のみを書く。
- 国語:記述式問題は最初に出題される見込み。文字数は50文字〜120文字。試験時間は80分→100分に延長される。問題文は実用文や評論文が原則で、小説などは出題されない。
なお、2024年度の本格実施では、理科と社会にも記述式問題が導入される予定です。
全体的な難度が上がる
従来の大学入試センター試験は、平均得点率6割程度となるように作成されていましたが、大学入学共通テストは、平均得点率5割程度となるように作成されます。記述式問題が追加されるほか、選択問題も正しいものを複数選んだり、正しいものの組み合わせを選ぶような出題が増えるとされ、全体的に難度は上がるでしょう。
しかし、問題が難しくなれば他の受験生も点が取れないわけですから、不安になる必要はありません。先行実施期間中は現在の学習指導要領に即した出題内容なので、問題の内容ではなく「聞き方」や「答え方」が変わるだけ、と考えてあまり違いはありません。また、記述式問題や複数回答式問題はこれまでにも国公立大学の二次試験や私立大学の上位校・難関校で出題されてきましたので、こうした大学を考える受験生はそれほど慌てる必要はないでしょう。
英語は民間の資格・検定試験を利用
英語は、「読む」「聞く」「書く」「話す」の4技能が重視されるようになります。しかし、入試当日に58万人規模の受験生一人ひとりの「話す」「書く」能力を評価するのは現実的ではありません。そこで、民間の資格・検定試験を受験生が事前に受け、その成績で評価をすることになります。利用が決まった資格・検定試験とCEFR(外国語の習熟度を示す国際的な基準)の対照表は以下の通りです。
なお、民間の資格・検定試験を受ける時期は高校3年の4月〜12月と決められています。また、たくさん受けて成績が良かったものを申請できるのではなく、「この日のこの試験を受けます」と2回だけ申請し、そのうち高得点の方が採用されます。これは、「住んでいる地域や経済的事情によって不公平が生じないように」との配慮から決められたルールです。現在進学校では、大学入試改革を踏まえ、資格・検定試験対策に力を入れ始めています。
また、2020年度から2023年度までの先行実施期間は、民間の資格・検定試験利用と従来型の英語の試験が並存し、受験生はどちらかを選択できる方式になりそうです。2024年度の本格実施からは従来の英語の試験は廃止され、資格・検定試験利用のみとなる方針です。しかし、高校側からは「高校の英語の授業が資格・検定試験対策になってしまう」、大学側(国公立大も私大も含め)からは「地方出身者がどうしても不利になる」という反対の声が上がっており、スムーズに進まない可能性もあります。
「主体性等の評価」は「JAPAN e-Portfolio」で
「主体性等の評価」、つまり高校生活でどのような活動をしてきたかについては、eポートフォリオ(JAPAN e-Portfolio)を活用することが見込まれています。これは、文部科学省が開発したポータルサイトで、高校生一人ひとりがログインし、日頃の研究活動の記録や感想、コンクールやコンテスト、各種大会の結果、部活動やボランティア活動の記録、留学の記録などを、証拠となる画像やデータを添えて、日々入力していくものです。大学受験の時がきたら、個人のeポートフォリオの中から、大学が求める内容を送付、大学がこれを評価することになります。
現在、運用がすでに始まっていますが、利用している高校生は全国で約5.4%と、ほんの一部です。また、2020年度から2023年度までの先行実施期間中は、eポートフォリオを本格的に利用した入試はあまり行われず、補助的に利用する程度になりそうです。2024年度からどうなるかも、現時点ではなんとも言えません。例えばサイエンスや社会課題解決などの分野で、高校生が挑戦できるコンテストなどが増えていますが、こうしたコンテストでの上位入賞しか評価されないとすると、現在のAОや推薦入試などで賞状を添付して出願するのと、質的にどこが違うのか、といった声もあります。高校生活で日々頑張ってきたことを公平に評価するのは難しい面が多く、評価する側がまだ模索中といったところです。
各大学の個別試験
国公立大では、現在でも多くの大学がセンター試験に加えて、各大学・学部独自の、いわゆる二次として個別試験も行っています。私立大学でもこうした形式の選抜方法をとっている大学・学部は少なくありません。新しい大学入試制度では、センター試験が大学入学共通テストに変わりますが、二次の個別試験は続行されます。この試験でも、今まで以上に記述式が重視されるほか、活動歴の書類審査や面接・口頭試問での人物評価が求められています。
大学入試スケジュールは全体的に後ろ倒しに
記述式問題が増えることにより、大学入学共通テストの採点は大学入試センター試験よりも1週間ほど長くかかるという見通しがされています。これにより、国公立大学の二次試験はもちろん、国公立大学の併願先となる多くの私立大学の入試についても、スケジュールは確実に今よりも後ろ倒しになるでしょう。
2020年度の主な国公立大学・私立大学の入試はどうなる?
国公立大学は現行とあまり変化なし
主な国公立大学が公表した2020年度の入試方式を見ると、「主体性等の評価」を取り入れるところはほとんど見られません。
民間の英語検定試験については、北海道大と東北大は「使わない」としており、東大、埼玉大、千葉大、東京外語大、お茶の水女子大、京都大、名古屋大などは、「出願要件」としています。出願要件のレベルはA2レベル以上(前出の表を参照)というところがほとんどで、もともとこうした大学を希望する受験生にとっては、それほど難しいものではありません。また、実際には民間の英語検定試験を受けていない受験生でも出願できる道は残される見込みです。
私立大学入試も当面はそれほど変わらない
主な私立大学が公表した2020年度の入試方式を見ると、ほとんどの大学・学部で、大学入学共通テストを必要としない従来型の受験も選択可能となっています。なお、慶應義塾は全学部とも、大学入学共通テストを利用しないとしています。
「主体性等の評価」は「出願要件とするが得点化はしない」というところが多くなっています。これは、「高校でこういう活動を一生懸命してきた生徒に来て欲しい」と示しているだけで、受験生への門戸を狭めるものではありません。
英語については、民間の英語検定試験を使うところも使わないところもあります。青山学院と慶應義塾は大学独自の英語の試験を続けます。上智大は同大学と日本英語検定協会が共同で開発したTEAPのスコアを利用した入試を行います。
大学入試改革への対応策
今の小学生が大学受験を迎える頃
今の小学生は、大学入試改革が本格実施された後に大学受験を迎えることになります。コンピュータを使って解答する「CBT(Computer Based Testing)」になる、大学入学共通テストを2回に分ける(春と秋、春に2回、等)など、さまざまな案は出されていますが、賛否両論があり、実際どうなるかはまだ具体的には決まっていません。
英語の入試が民間の資格・検定試験利用のみとなるかどうかも、確定的なことはまだ言えない状況です。特に首都圏の有名大学では、最近の入学生について、「みんな同じような発想や行動をする」と均質化に頭を悩ませているケースが多く、多様性の観点から地方出身者の増加を求めています。しかし、そもそも検定試験は実用的な英語力の測定であって、大学が求めるような学問修得が目的ではないケースも多いことや、こうした検定試験は、全国津々浦々で実施されているのではなく、地方実施でも主要都市でしか行われないこともしばしばで、高額の交通費を負担しないとそもそも受験できないケースも多く、「地方出身者がどうしても不利になる」ことから、やはり「ふさわしくない」という意見が根強いのです。
一方、現時点でほぼ決まっているのは、地歴、公民、理科でも記述式問題を導入することです。また、国語の記述式問題については、50文字〜120文字程度ではなく、もっと長いものが求められています。ただ、この点は採点技術もあり、実際に出題されるかどうかは2020年度からの先行実施の結果次第でしょう。
高校の新学習指導要領と大学入試への反映
2022年度から実施される高校の新学習指導要領とは、どのようなものなのでしょうか。まず国語には「論理国語」と「国語表現」が選択で新設されます。これは、文学作品ではなく契約書、規定集、マニュアルなどの横書き文書を読み解くもので、「国語表現」は図表や画像などと文章を関係付けながら、企画書や報告書などを作成したり、実務的な手紙や電子メールを書く活動が予定されています。また、地歴では近現代史のウエイトが高くなり、年号や事柄、地名がわかるだけではなく、ある出来事がその前後の歴史や経済、文化などにどう影響したのか、考察して自分なりの提言ができることが大切になります。さらに、理数分野では「理数探究」という新科目ができます。これは、身の回りの自然や生き物、物理現象や化学反応などから興味のあるものを見つけ、自らテーマを立てて研究するものです。成功・失敗よりも探究活動の過程が重視されます。スーパーサイエンスハイスクールでは、すでにこのような探究活動に力を入れています。
2024年度以降の大学入試では、新学習指導要領で学んだことを評価することが前提になるはずですが、現実には難しい面もあります。長い記述式解答を、いかに短時間で評価、採点するかや、前述のように活動面の評価方法は、まだ確立されたとは言いにくい状況です。記述式については、「AIを活用すれば簡単だ」という論調を見かけますが、実務レベルではそんな単純な話ではありません。AIは正答例や誤答例を大量に覚えこませなければならず、特に長文の記述では、58万人分の答案を採点するのに数百通りの正答・誤答例を覚えこませるだけでは不足、という指摘もあります。活動面についても、コンテストやコンクールで入賞したなど目に見える結果があればもちろん評価しやすいですが、本来の趣旨は、こうした活動を通してどのようなスキルを身に付けたかが評価の対象になるべき内容です。eポートフォリオをうまく活用して評価する方法が確立すれば良いのですが、まだ時間がかかりそうです。
こうしたことから、現段階で現実的に考えると、採点評価に時間がかけられる総合型選抜(現在のAO入試)や学校推薦型選抜(同推薦入試)での入学生を増やし、その分一般選抜の枠を小さくすること、一般選抜では活動面でのコンクール等への参加を、英語4技能の検定資格などとともに「出願資格」に位置付けること、その上で、大学入試共通テストでは、あまり長い記述は出題せず、各大学が実情に合わせて実施する個別試験では、医学部のように応募者があまり多くない大学・学部では、高度な小論文の出題や長時間の口頭試問的な面接を実施するにしても、社会科学系学部のように応募者が多い学部・学科では、採点しやすい出題が一般的になりそうです。
今の小学生に取り組んでいただきたいこと
これまでに述べてきたように、全ての教科で記述式問題が増え、書く力が求められるようになります。文章を書くことが苦手というお子さんもいると思いますが、まず書くことを習慣づけること、書くことを繰り返す中で、自分で自分の文章を推敲することに取り組み、少しずつ長い文章を書けるようになっていただければと思います。
大学入試で英語の民間検定資格が必須になるかはまだわかりませんが、資格を持っていること自体は無意味になりませんし、就職や仕事でも役に立ちます。GTEC Juniorや英検などに積極的に挑戦すると良いでしょう。
また、高校生くらいになると自ら考察することや探究活動が重視されます。これらは小学校での調べ学習や自由研究の延長線上の取り組みで、大切なことですが、こうした活動に没頭するあまり、計算や漢字の読み書きをはじめとする基本的な学力がおろそかになると、せっかくの調べ学習や自由研究が中身の薄いものになってしまいます。日常の学習ではバランスを考えて取り組みたいものです。中学入学後も同様で、中学受験の志望校を選ぶ際には、両方の力を身につけてくれる学校、大学入試改革にフレキシブルに対応できる学校を選ぶようにすると良いでしょう。
保護者の方へ
かつての日本社会には、「一流大学に合格できれば、良い会社に就職できて一生安泰」という風潮がありました。勉強ではなく遊びやバイトに明け暮れる学生を揶揄した「大学のレジャーランド化」という言葉も生まれました。最近の大学生は、以前よりは勉強するようになったと言われますが、与えられた範囲の勉強に終始し、実践的な勉強を積み重ねたり、ボランティア活動などを通じて貪欲に色々な経験を積んできた海外の大学生に比べると、新卒で社会に出た時のスケールが小さい、深く考えている学生が少ない、と評価されることが珍しくありません。また、明確な将来ビジョンや仕事への興味・情熱を持てないまま何となく周りに流されて社会に出た結果、入社して間も無く離職してしまう社会人も増えていて、問題になっています。
そこで政府は、財界からの要望を踏まえて、日本の大学のあり方を変え、社会人としての幅広いものの見方、困難に打ち勝つ精神力、工夫を凝らして物事に取り組む力、自分なりにしっかり考える力、コミュニケーション能力(リーダーシップとフォロワーシップ)などを備えた人材を育成しようとしているのです。
しかし大学の4年間で、こうした力、スキルを身に付けるのはは難しく、多くは中学高校時代に土台が培っていかなければなりません。だからこそ、大学入学までの教育が大切になります。進学先の中学を選ぶ際には、大学に入るための勉強だけではなく、学びに積極的に向かう姿勢、自分であれこれ考える探究活動、視野を広げる海外体験やボランティア活動などに力を入れ、人間力を伸ばしてくれる学校を選ぶことが大切です。「一流大学合格が最終目標」という気持ちでいると、お子さん本人が社会に出てから苦労することになります。
世間では「ICT時代の到来を受け、長く続いた文高理低に終止符か」「東京オリンピック・パラリンピック後は景気後退で理系人気が復活」など、さまざまなことが言われています。しかし、未来の景気や人気就職先などには複合的な要素が絡み、実際どうなるのかは誰にもわかりません。小学生のお子さんには、中高の6年間でさまざまな経験・学習を積んで自分の世界を広げ、お子さん自身が、自分の得意なこと・自分がやりたいことを、しっかりと探していただきたいと思います。「大学入試をうまく乗り越える」ことは最終目標ではありません。自分の人生を豊かにするため、勉強や探究活動などに取り組める環境を用意していただきたいと思います。
今回の大学入試改革を迎え、保護者の方には、出題内容や評価方法といった表面だけに注目するのではなく、その背景にある時代の流れ、社会が求めている人材像、社会に出るまでに積むべき経験などを、しっかりと見つめていただければと思います。