大学や社会が身近になる!~高大連携・キャリア教育~


東京理科大学 学長
石川 正俊 先生
1977年東京大学工学部計数工学科卒、同大学院工学系研究科計数工学専門課程修士課程修了。工学博士(東京大学)。東京大学副学長、同大学理事・副学長、同大学情報理工学系研究科長などを経て、2022年から現職。

森上教育研究所アソシエイト
高橋 真実 さん
慶應義塾大学卒業後、メーカー、外資系コンサルティング会社を経て独立。学校向け広報セミナーや教育シンポジウムの企画・運営に携わる。保護者として娘の中学受験を経験。
今、世の中では
「理系人材」が求められている
高橋石川先生は東京理科大学(以下、理科大)の学長およびシステム情報学の専門家として、情報教育の最先端の現場を見ていらっしゃいます。石川先生から見る社会の変化や大学教育の変化についてお聞かせください。
石川さまざまな企業の方と日々接するなかで時代の動きとして感じるのは、世の中が「理系人材」を求めているということです。それは単に「理系大学を卒業した人」を指すわけではなく、「理系の知識や考え方をベースにもっている人材」という意味です。例えば、法学部出身であっても、データサイエンスを学び使いこなせる人は、理系人材と言えます。
理系人材の母数が大きいアメリカでは、情報人材は情報システムを構築・提供する側に吸収される一方で、半数以上がユーザー側にまわります。ユーザー企業にも情報系スキルが蓄積され、iPhone やGoogle などに代表される顧客ニーズを最優先にした「ユーザーオリエンテッド」な商品やサービスが生まれやすくなっています。一方、日本には理系人材が圧倒的に少ないため、人材がユーザー側にはあまりまわりません。その結果、ユーザーオリエンテッドなサービスが生まれにくく、それが日本の経済力を弱めるひとつの要因にもなっています。
ですから、日本社会全体で理系のスキルを底上げし、「科学技術で世界を牽引する機運」を高めていく必要があります。こうした社会の変化に合わせ、大学にも変化が求められているのです。
高橋理系人材を育成するためには、何を教えるべきなのでしょうか。
石川知識そのものではなく、知識の使いこなし方、すなわち「知識を使って新しい価値を生み出すスキル」です。というのも、人間がいくら知識を増やしてもAIにはかないません。なおかつ科学技術はますます細分化と短命化が進んでいます。大学1年次に覚えた知識が4年次には陳腐化している事態も起こり得ます。生成AIで言えば、目先の使い方ではなく、どのような仕組みで成り立っているのか、その基本原理を知ることが大切です。基本原理を知っていれば、その知識が時代遅れになったとしても、同じ原理で成り立つ新たな知識へのキャッチアップが可能になります。ですから情報教育では、原理を教えることが重要なのです。
高橋毎年AIのエキスポに参加するなかで感じるのは、とにかく進化のスピードが速いということです。石川先生がおっしゃったように、昨年は先端技術だったものが、今年はすでに当たり前になり、さらに先を行くものも現れています。それに比べて学校現場におけるAIの扱いは、「まだまだ先のもの」「いつか必要になるもの」という感覚が強いように感じます。「今」必要だから学んでいるにもかかわらず、絶対に必要だという危機感が薄い。そのギャップはどうしたら埋められるのでしょうか。
石川やはり小学校や中高での「情報教育」を大きく刷新する必要があると思います。今の教育は知識を身につけることばかりが優先され、肝心のアイデアのほうが疎かになってしまっているように見えるのです。知識を増やしても、アイデアがなければ新しい価値を生み出すことはできません。知識だけでなく、自由な発想力やアイデアを生み出す力が鍛えられる指針も示していただきたいですね。
高橋こうした社会的背景にあって、理科大が高大連携を行う理由についてお聞かせください。
石川本学において高大連携の背景にあるのが、「違いは価値を生む」という考え方です。新しい価値を生み出すためには人材の多様化が必要です。一般選抜では測ることのできないポテンシャルや意欲のある人、新しい価値を創造できる人など、あらゆる「違い」をもつ人に集まってほしいのです。こうした理由から本学では高大連携を進めています。
高橋具体的には、どのような学校と連携されているのですか?
石川東京の私立中高の富士見、吉祥女子、国学院大学久我山、田園調布学園の4校です。一律で連携内容が決まっているわけではなく、各校と個別に打ち合わせを行い、先方のニーズや本学が提供できるものをすり合わせ、「出張講義」「見学会」「研究室訪問」「実験体験」など、具体的な中身を決めていきます。そのため、学校によって高大連携の内容は全く異なるのです。
富士見×東京理科大学の高大連携
理科大の研究室と連携した「放課後研究室アフラボ」を開催。
2023年度には「自転車発電と環境教育」、2024年度は「3Dプリンタ体験教室」を実施。毎週の放課後に、理科大生が同校へ赴き、生徒と一緒に実験などを行います。研究室の雰囲気やキャンパスライフを知る貴重な機会にもなっています。
田園調布学園×東京理科大学の高大連携
オリジナル企画「大学探検プログラム」。理科大の先生の講義や実験体験、また田園調布学園卒の現役理科大生との座談会、図書館見学などを理科大で行いました。先進工学部電子システム工学科の研究室で、電子デバイス・電子材料に関する研究内容を見学しました。
高橋貴学の高大連携は、1校1校とていねいに向き合うオーダーメイドの内容が魅力ですね。こうしたお話を伺うと、中高の先生方が「高大連携に何を求めるのか」というビジョンを明確にもっておくことが重要であるとわかります。そもそも高大連携が活発になるきっかけとなったのは、2015年の「高大接続改革」です。それまでもスーパーグローバルハイスクール(SGH)、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)があり、大学の先生が出張授業などを行っている流れがあったところに高大接続改革が始まり、多くの高校が一斉に力を入れるようになりました。総合型選抜のスタートも、その勢いを加速させています。
こうしたなかで、2023年は「高大連携の年」と言われるほど連携件数が増えました。現在は、高大連携の在り方がどんどん多様化しており、連携校数も1大学あたり数校から50校以上とさまざまです。中高側も「探究学習のリソースとするため」「指定校推薦枠を増やすため」など、その目的や取り組みは多様化しています。
高大連携協定 10年間の新規連携数
- エデュケーショナルネットワーク調べ(2024年12月1日現在)。首都圏に本拠地を置く大学が締結した協定の数。
なかでも2025年度の注目は、「昭和女子大学附属昭和×昭和医科大学」の五修生制度です。昭和女子大学附属昭和(東京都世田谷区·女子校)は系列の昭和女子大学と30年以上にわたり、高3から大学での学びをスタートする「五修生制度(※1)」を進めています。系列ではない別法人の昭和医科大学との五修生制度が実現したのも、これまでの実績とノウハウがあるからこそでしょう。
また2024年6月には、ニュージーランドのマッセイ大学(国立総合大学)と日本の私立女子中高一貫校6校が「教育協力に関する協定」を結んだというニュースもありました(※2)。こうした海外大学との高大連携も、今後増えていくのではないでしょうか。
一方、高大連携を行う学校は、教育連携の充実度や、連携大学への進学のしやすさといった点で、大学付属校と遜色ない学校が増えています。大学付属校は依然として人気は高いですが、付属校の強みを活かした教育を行っているか、吟味する必要があるでしょう。
そんななかで、「芝浦工業大学附属×芝浦工業大学」や「東京農業大学第一高等学校中等部×東京農業大学」など附属校関係では、専門性を活かした体系的な教育連携を行っており、その内容は注目に値すると思います。
- 1 五修生制度…高3の1年間を、高校に籍をおきながら附属の昭和女子大学で学べる制度。1年早く大学生活を始められるため、留学や研究、大学院進学、就職活動に余裕をもって臨めます。
- 2 マッセイ大学との教育連携…2024年6月、ニュージーランドのマッセイ大学と、大阪女学院、光塩女子学院、昭和女子大学附属昭和、実践女子学園、東京女子学院(現・英明フロンティア)、日本女子大学附属と協定校推薦制度を締結。









