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進学通信

2026年3月

教育問答
体験的な学びで人間力を育み人生を切り拓く、「種蒔き」の教育

公開日2026/4/15
奈良学園中学校・高等学校
校長 前田 景子  先生

公立高校校長職や奈良県教育委員会のほか、特別支援学校や芸術系の高校などで幅広く教壇に立った経験を生かし、2025年度より現職。座右の銘は「凡事徹底」。当たり前のことを徹底的に行い、学び続ける教員であることが信念。趣味はバレエなどの芸術鑑賞と、休日にお孫さんと遊ぶこと。

最難関国公立大学や医学部などに高い合格実績を持ち、県内でも屈指の進学校として知られる奈良学園は、半世紀前の開校当初から詰め込み型一辺倒の教育に疑問を呈し、“体験”を中心とした独自の教育を実践してきました。前田景子校長は、あらゆる面において自学自習できる「人間力」を育てたいと語ります。その理念の源泉と実践についてお話をうかがいました。

生徒の「人間力」を重んじ、自学自習できる人を育てたい

まずは、貴校が育てたい生徒像や目指す教育についてお聞かせください。

 あえてわかりやすい言葉で表現するなら、自学自習できる生徒だと言えるでしょう。ただしそれは、勉強だけに限った話ではありません。校訓「至誠力行」にもあるように、何ごとにも誠実で、最後まであきらめずに努力できる力を育てたいのです。これを私たちは「人間力」と呼んでいます。知識や技能はもちろんのこと、自主性や協調性、体力なども含めバランスよく伸ばしたいですね。
 私自身は本校に入職して1年目ですが、本校が開校したのは47年前です。当時はまだ「勉強=知識の詰め込み」という教育観が色濃い時代でもあったと思いますが、その時代においてあくまで生徒の主体性を重んじ、それを現代へと受け継いできたのは、“本校らしさ”の最たるものであると自負しています。

なぜそのような教育観を重視してこられたのでしょう?

 もともと本校は、「関西圏の名だたる一流校に続くような、次代の社会を担う人物を育てたい」という思いのもとに生まれた学校でした。いわゆる“名門”と呼ばれる学校に共通するのは、生徒の自主性や主体性を信じ、育てていること。決して管理型の詰め込み教育ではありませんから、本校もそのような教育観を軸に置いているのです。
 創立者は、よく式辞でドイツの哲学者・ヘーゲルの「弁証法的発展」(ある主張と、その反対意見が対立を乗り越えていくことで、より高い次元の結論へ至るという考え方)を引用し、生徒たちが互いに切磋琢磨して高め合うことを推奨していたそうです。つまり、一方的な押し付けではよい教育はできない、だからこそ生徒の主体性が大事なのだと考えたのでしょう。

 余談ですが、そのような強い信念を持って生まれた学校だからか、かつては一般入試で面接を実施していたことがありました。今でこそ、選抜方式の多様化で面接試験を設置する学校も多いですが、かつての筆記学力至上主義の時代においてはかなりめずらしかったのではないでしょうか。当時の受験生で現在は本校の教員になっている者に聞いた話では、「スペースシャトルのチャレンジャー号事故についてどう考えるか」など、今で言う“思考力”を問うような問答もなされていたそうです。

体験不足・経験不足からくる想像力の欠如

現代の中等教育全般を見渡して抱く問題意識などはありますか?

中3の1年間をかけて生徒全員が個人研究に取り組む『課題研究J』

中3の1年間をかけて生徒全員が個人研究に取り組む『課題研究J』

 子どもたちの想像力の欠如が見られるのではないでしょうか。これを言えば相手がどう思うか、周囲にどのような影響があるか、そういったことを想像することが苦手なのです。

 よく知られたところでは、「ごんぎつね」の物語にまつわる逸話があります。母親の葬儀の際に鍋を煮込んでいるシーンを取り上げ、小学生のグループワークで「何を煮ているのか」を問うたところ、多くの班から「消毒するために、亡くなった母親の遺体を煮ている」という回答が返ってきたという話は有名です。
 常識的に考えれば、葬儀の参列者へふるまうための鍋だと予想できそうなものですし、母親の遺体を煮るという発想の恐ろしさにも考えが及ぶはずです。しかし、その想像ができない、物語の前後の脈絡をつなげて考えることができない。 そこにはさまざまな原因があるでしょうが、私はその一つが「(色々なことを)体験する機会の減少」ではないかと感じています。加えて、親がわが子を心配するあまりに先回りして子どもを守りすぎている、という面もあるのかもしれません。

 やはり、子どもたちが幼いうちから単に知識を入れていくだけではなくて、いろいろなことを実体験して情操を育むことが大事ではないでしょうか。それでこそ、先ほど申し上げた「人間力」も育っていくのだと思いますし、本校の教育はそうありたいと願っています。

現代の子どもたちは自己肯定感や自己有用感が低いといった話もよく聞かれますよね。

 はい。子どもの個性や考え方を尊重し、一人ひとりを大事にするのは大切なことですが、そのさじ加減が非常に難しい時代になったと感じます。先ほどの「ごんぎつね」の話ではありませんが、間違いをきちんと伝える教育も当然大事なわけです。

 また、言われたことはそつなくできても、自分で考えたり自発的に行動したりすることが苦手な子もいます。正解を教えてもらうことや指示を待っていることに慣れてしまった子どもたちです。そのあたり、いわゆる個別最適化や個性の尊重と呼ばれる部分と、いかにバランスよく両立させるかが課題ではないかと思います。

「里山」の自然環境で、子どもの「経験」を取り戻す

子どもたちの想像力を育むために、貴校で実際に取り組んでいることは何ですか?

 これが先ほど問題視した「経験不足」や、本校が目指す「人間力」「主体性」の涵養ともつながってくるのですが、実体験が積める環境の整備には強いこだわりを持っています。独自のもので言えば、本校の立地に根差し、自然環境を活かした学習であると言えるでしょう。

 創立者は、海外の大学や研究機関などの視察を重ねるうちに、「海外の学校は木(森)の中にある。日本の学校は、学校の中に木を植えている」ことに気付きました。そして海外の教育機関が公園や森と一体化した恵まれた環境の中にあることに感銘を受け、「豊かな、自然と共存する学園」を理想としたのです。本校はキャンパスの裏手に、校地を含めて約13ヘクタール(甲子園球場の約3・1倍)もの森林を有しています。私たちはこれを「里山」と呼んで、さまざまな体験学習の場を設けているのです。
 本校は市街地中心部からはやや離れた丘陵地に立地していますが、実はこの地を選んだのも、このような自然の中での体験学習の場を作りたかったからなのです。

それは素晴らしいですね!里山ではどのような体験ができるのですか?

 絶滅危惧種に指定された植物も観察できますし、ホタルも生息しています。ただ、それは自然にそうなったのではなく、生徒たちが体験学習を通してその環境を整えているから実現できています。泥や石を積んで川の流れを整え、ホタルのエサとなるカワニナが生息できる環境づくりなどの活動をしています。「ホタルの幼虫はカワニナをエサにして育つ」「カワニナの生息条件」は「知識」かもしれませんが、実体験を通して知ることで、学びの質がまったく違ってくるはずです。
 また、森から切り出した木を使って、菌を植え付けるところからシイタケの栽培にも取り組んでいます。重かった丸太(ホダ木)から水分が抜けて軽くなり、そこから養分を吸ってシイタケが育ち、やがて朽ちて自然に還る。そうした自然の循環を、手触りで体験していくのです。

 また、森の間伐材を利用して炭にする装置を導入しています。炭を作ること自体が目的と言うよりも、炭を通して再生可能エネルギーの「実物」に触れてほしいのです。太陽光パネルで発電して、井戸水を汲み上げられるようにもしています。
 その井戸も、生徒が水脈を探索して掘り出したもので、棚田での稲作に使っています。棚田はかつて、年貢逃れの隠し田として森の中に作られたものだそうです。里山整備の過程の中で跡地が発見され、生徒たちが学びの場として復活させました。そういうところからも歴史をリアルに体験できるはずです。
 一方で、井戸を掘ることで水脈の流れが変わり、動植物の生態や生息数にも変化が生じることがあります。そうした課題を先輩から引き継いで後輩たちが研究・改善を重ねています。本校は、先輩・後輩を含む生徒同士のつながりの強さも自慢の一つですが、このように何世代にもわたって里山を守り、育て続けていることも、その象徴だと言えます。

先ほど、「親が先回りしてリスクを排除しようとしすぎる」というお話もありましたが、保護者から里山に入る危険性を心配する声などは出ませんか?

 幸いにして、本校ではまったく聞かないですね。むしろ「もっと体験させてほしい」という声のほうが多いです。学校見学会などでは、里山の入口付近までしか見ていただく時間がないのですが、実際の体験事例をご紹介すると、「もっと中まで見てみたい!」という声や、アンケートでも「里山体験に惹かれて入学した」という回答が多く寄せられます。

「先輩たちのようになりたい」と言い出す生徒が続出

このような里山での体験は、探究学習の幅を広げることにもなるのでは?

 そうですね。研究発表の素材にもなっています。部活動とはまた別に「里山探究クラブ」という活動があって、里山を舞台に自分で好きなテーマを設定して研究している生徒たちもいます。
 また、研究発表においては後輩が先輩の発表から学んだり、先輩がアドバイスを送るなどしています。本校はスーパーサイエンスハイスクール指定校ですが、その研究や里山探究でも、卒業生が来てサポートしてくれています。さらに、東大や京大へ進学した先輩による大学のキャンパス案内や、大学教授職に就いている先輩の講義に参加させてもらえる機会も多いです。こうした面でも生徒間のつながりの強さがうかがえますね。

 そのほか、先輩・後輩のつながりが感じられる一番大きな取り組みは『文化祭』です。企画などを生徒主体で進めるのはもちろんですが、高校生が中学生のクラスに入り込み、テーマ決めから舞台発表やレクリエーションまで、一緒に作り上げていきます。 『体育祭』もいわゆる縦割りチームで学年を超えて団結しますし、高2が中学生に勉強方法をレクチャーする講座もあります。本校を卒業したばかりの大学生が開く『進路講演会』も実施中です。どの生徒も「私たちも先輩たちのようになりたい。あんなふうに、後輩に指導やアドバイスができるようになりたい」と、口をそろえて言いますね。

生徒主体でつくり上げる『文化祭』

不易と流行を意識しながら「種を蒔く学校」でありたい

今後の学校づくりにおける中長期ビジョンをお聞かせください。

 教育において「不易と流行」はよく指摘される観点ですね。大事なことは守りつつも、同じことを同じように続けているだけの現状維持は衰退と同じです。やはり、その時代に合った変革を続けていくのは当然のことだと言えるでしょう。
 ただ、私も校長として今年度から着任し、校長が変わることですべてが180度変わるような改革ばかりが正しいとは思えません。本校が培ってきた価値観や伝統を大事にしながら、必要なものを取り入れていきます。

建学の精神や校訓はもちろんですが、教育において前田先生や貴校が守り続けたい「不易」とはどんなものでしょう。

 何より、学ぶことは楽しくて、ワクワクするのだということ。そういう思いを、生徒だけでなく教員も持っていないとダメですね。それらを、本校が重視する体験や、人との関わりのなかで結果にもつなげていきたい。すなわち生徒の目標達成です。
 それは、志望大学への進学だけでなく、そこを通過点としてその先にどのような未来を築いていくのかが大事です。そのような見通しが立てられるような教育を実践したいと思います。「体験」を始めとしてさまざまな機会やチャンスを用意し、それを生徒たちが取捨選択しながら人生を切り拓いていく、そんな「種を蒔く」学校でありたいですね。