右:大中章校長 左:川野貴志教頭
学校を「私塾」「道場」として捉えた、独自の校風で知られる金蘭千里。
2015年に創立50周年を迎えて行われた、さまざまな学校改革が話題となりました。ある意味で、規律性が強いとも言えた(それが魅力でもあった)同校ですが、従来の良さはそのままに、より生徒の自主性・コミュニケーション力・リーダーシップを高める教育へと舵を切ったのです。クラブ活動や文化祭の拡充、自然研修旅行の導入、外部のプレゼンテーション大会への参加など、その改革には注目が集まりました。
そして、このたび60周年を目前にして、さらなる改革に取り組もうとしています。
「時代や社会に即して、より個別性・自律性を深めていく考えです。具体的には『金蘭千里五則』『アダプティブラーニング』の導入がその中心となります」(大中章校長)
「50周年の際は大改革だったので、正直、不安もありました。しかしそれから約10 年、生徒たちの成績や進学実績は下がっていません。これに確かな手応えを得たので、もっといろいろなことを生徒自身に委ねても大丈夫だと思ったのです」(川野貴志教頭)
『金蘭千里五則』は、生活指導のあり方をまとめたもの。根底には“自律”の考えがあり、「他人を傷つけない」「公共のルール・マナーを守る」ことに重点が置かれています。これまでは、「登下校時に飲食店等への立ち寄り禁止」「制定品でないマフラーの使用禁止」など、ストイックな姿勢で生活指導が行われていました。しかし『金蘭千里五則』では、これらは指導の対象から外れ、「良識に基づいて自分で判断する」という姿勢に変わります。
「大人がルールや規則を押しつけるのではなく、どうあるべきかを自分で考えてほしいのです。そのためにも細かな行動をルール化するのは止めようという結論になりました」 (大中校長)
「古くから本校をよく知る方々には『あの金蘭千里が!?』と、強いインパクトがあるようです」 (川野教頭)
さらにお二人は「この決断ができるのは、50周年改革以降の生徒の力だ」と口をそろえます。「できる」と生徒が示してくれたからこそ、新たな改革に自信を持って踏み込むことができたのです。
『アダプティブラーニング』は、ICT教材を用いて自主学習を個別最適化し、生徒一人ひとりが自分に合った課題に取り組む仕組み。以前は、『20分テスト』(詳細後述)の結果をもとに、英語・数学の授業を習熟度別にクラス分けしており、これが同校ならではの手厚さとして強みにもなっていました。しかし、少人数の学校ということもあり習熟度別クラスは二段階がほぼ限界で、授業に差をつけるといってもできることは限られていました。そこでその代わりに、単元ごとに生徒のレベルに応じた課題の配信ができる、いわば「生徒が百八十名いるなら百八十段階」が実現する仕組みを導入することにしたのです。
「大人になってからもあらゆる場面で、学び直しの必要性に迫られるときが必ず来ます。その時に、自分に合った勉強方法が確立されているかどうか。これは一生モノの力であり、ここに6年間をかけて取り組むのが本校の教育なのです」(川野教頭)
「教員が思う以上に、生徒たちは何でもできるのだと気づきました。勉強だけではなく、さまざまな機会や選択肢を与えるべきだと感じます。現在の本校を見て同窓生たちはうらやましがっています(笑)」 (大中校長)
生徒に介入するのではなく、生徒を信じ、生徒のためにどのような機会や環境を用意できるのか。それが新たな改革の指標だと言えそうです。
これまで細かくルール設定がされていた生活指導。これを改め、“守るべきこと”を五つの大枠に分類し、より生徒の自主性を尊重するスタンスに変化した『金蘭千里五則』。
「1.制服・制定品の正しい着用」
「2.人工的加工・装飾をしない」
「3.クラス全員が勉強に集中できる環境にする」
「4.校内のルール・マナー・モラルを守る」
「5.社会でのルール・マナー・モラルを守る」
に分かれており、それぞれに最大4段階での評価基準(禁止事項の事例や指導方法など)を設定しています。
「50周年時の改革以降、自分たちで学校や学校生活を良くしていこうという生徒たちの姿勢が見えるようになったのです」(大中校長)
これが『金蘭千里五則』の創設にもつながっており、毎年集計している生徒アンケートでも「学校が楽しいか」という問いに90%近くの生徒が肯定的な回答をしており、近年は特に伸びているそうです。
定期テストを行わず、毎日の『20分テスト』で学力の定着を図る同校。毎日のテストで自分の理解度を把握しながら、勉強方法も常にブラッシュアップできる効果があります。まさに生徒個々が日々成功と失敗を重ねながら無意識のうちにPDCAを繰り返し、自分で「学ぶ方法をつかみ取る」アプローチだと言えるでしょう。
「今回の改革で学びの個別最適化をより強める体制を作りましたが、改めて『20分テスト』を見直してみると、個別最適化学習の要素はまさに、そこにあったことがわかりました」(川野教頭)
今後は『20分テスト』が持つ価値を再定義し、意味付けや運用をさらに強めていきたいと言います。
勉強にはある程度のプレッシャーも必要ですが、心が折れやすいとも言われる近年の子どもたち。そこで、そのプレッシャーを乗り越えるゲームとして捉えられるように、『20分テスト』にも週ごとの合計点やクラス順位の明示だけでなく、最低到達目標を設けるなど改良を加えました。これも「勉強に取り組む姿勢」に多様性を見出す、個別最適化の一環として位置付けられています。
一人ひとりが取り組むべき復習課題をアプリで個別配信する『アダプティブラーニング』。 こうした学習アプリを自宅学習に用いる場合、「こなす」ための作業になり、真の学力定着につながりにくいという指摘もありますが、同校においてその心配は無用です。進捗管理や「こなす」だけの学習で漏れてしまう部分は、先生方が直接指導することででしっかり個別対応しており、これこそが同校の従来からの強み。やっていることは変わらないけれど、方法が少し変わっただけだと言えるでしょう。
また、50周年の改革以降に取り入れてきた部活動や行事の充実も、一つの個別最適化の形であると言えそうです。
「以前の本校は、学校で活躍できる(場がある)のは、成績上位者に限られていた面がありましたが、今は多様なステージがあります。個々がやりたいことに打ち込める環境がありますから、生徒の主体性も伸びてきたのでしょう。これからもそのような場をたくさん設け、一人ひとりが輝けるステージを見つけてほしいですね」(大中校長)