生徒自ら課題を設定し、調査や協働を通して主体的に学び、考え、判断する力を養う探究学習。その重要性が注目される一方で、本質的な意義や適切な指導方法への理解が追いつかず、対応に苦慮している学校もあります。常翔啓光学園では、自校の探究学習における理念や方向性を明確に定義・共有しています。一貫性を持ちかつ大胆に、学校全体の学習環境整備を推進中です。
教育環境向上を推進する部署として新設された『教育探求部』の部長として、探究学習の整備や、教員同士の連携体制構築にまい進中。
清水先生と共に教育探求部で活躍。MI EE(マイクロソフト認定教育イノベーター)ほか、さまざまな教育系エキスパートの認定資格を持つ。
貴校における探究学習の特徴は何ですか?
清水先生
探究学習だけでなく、すべての教育活動において「リベラルアーツ(以下LA)」の考え方を土台にしています。LAは「一般教養」と訳されることもありますが、本来は「人を自由にする学問」のことです。学んだことを生かして、「なりたい自分」「生きたい人生」を叶える力と言ってよいでしょう。生徒たちには、自由に生き方を選択し、そして実現できる人になってほしいのです。
近年の教育は「これを学べばこの能力が得られる」というわかりやすい成果を拙速に求めがちな面もありますが、より広い視野で教育をとらえておられるのですね。
清水先生
未来の予測が困難で、何が正解なのかわからない時代に突入しました。子どもたちはそんな世界を生きるのですから、「社会が求める力」というより、「どんな状況下でも生きていける力」こそ必要とされるのではないでしょうか。答えのない問いにアプローチするためには、知識や技術の習得だけでは足りません。そこに「経験」を融合していく学びが必要ですが、まさにそれを担うのが探究学習だと考えています。
貴校の探究学習の概要を教えてください。
外村先生
「経験」を融合させた学び、という話が出ましたが、そのために中1から高2まで、段階的に経験が積めるように意識したカリキュラムを編成しています。具体的には中1で『NIE』、中2で『人物ドキュメンタリー』、中3で『卒業研究』、高1で『ENAGEED』、高2で『企業研究』というステップです(詳細は後述)。これらの「経験」をもとに、高3で大学受験に臨む際に、主体的に人生を選び、進路を叶える糧にしてほしいと考えています。
LAに基づいた探究学習を進めるためには、新しい挑戦も、見直しや深化も必要ですね。
外村先生
先ほど例示した探究学習以外にも、学園内大学進学クラス(推薦入試などを利用して、同一法人の摂南大学への進学を前提とするクラス)専用の探究プログラムを開始しました。大学受験の勉強に多くの時
間を割かなくてもよいので、その時間を探究学習に充てます。昨年度の高2から導入し、チームで探究を進めるための土台作り『スタートアップキャンプ』や、大学で模擬授業や実習が受けられる『みらいマップ』を実施します。高3進級時には、地域と連携した課題解決型学習を計画しており、地域商店街との協働・防災・観光・街づくりなどをテーマに取り組みたいと考えています。
このほか、キャリア教育的要素の強い『未来を啓(ひら)け! プロジェクト』があります。昨年度は模擬国連大会見学・天王寺動物園訪問・大阪企業家ミュージアム訪問・甲南大学研究室訪問などを実施しました。今後は新規のアイデアも創出していきたいですね。古典文化にふれる校外学習・工場見学・裁判所見学・宿泊行事などもいいですし、生徒有志と一緒に企画から考えるのも面白そうです。
清水先生
いずれにせよ、生徒のきっかけはどこにあるのかわかりません。「経験」という観点から「とにかく生徒を外に連れ出して、そして五感で感じてほしい。どこかで気づきを得てほしい」という思いです。
「正解がない」のが探究学習の特徴でもありますが、そこに戸惑いや苦手意識を抱く生徒はいませんか?
清水先生
もちろん、最初はどうすればいいかわからず立ち尽くしてしまう生徒もいますから、教員のサポートは欠かせません。万人受けする探究学習の「正解」なんてありません。だからこそ、段階的に、かつ多様なチャンネルで生徒に機会を提供し続けることが大事なのだと思います。
そうした方針を校内で体系的に運用するために、2024年度から『教育探求部』が設立されたのですね。
外村先生
はい。清水先生や私がその設立メンバーです。これまでも探究学習は行ってきましたが、探究を含む本校のあらゆる教育活動をLAの理念に沿ってきちんと整備し、発展させる役割を担っています。
たとえば探究学習の実施はこれまでは教務部が担当していました。一方で、前述の『未来を啓け! プロジェクト』は、その内容の特性から進路指導部が担当していました。これを、教育探求部が中心となり各部署との連携を強化させ、それぞれの学びに連続性を持たせる組織体制を作ります。本校はグローバル教育にも力を入れていますので、生徒も巻き込んでグローバル系の活動を一緒に企画してみようとか、進路指導部と一緒に海外大学進学のニーズに応える仕組みを作るなど、いろいろ考えています。
学校組織は縦割りで、(部署ごとの)横の連携が弱いと言われることもありますが、これは画期的ですね。
清水先生
めずらしいケースだと思います。もちろんそれだけではなく、新しい教育カリキュラムそのものを作っていくのも私たちの仕事。題して“LAKE(Liberal Arts in Keiko Education)。スローガンは「全ての学びにリベラルアーツを!」「全ての学びと経験を成長の源に!」です。
また、新しい教育を作るためには、教員自身も学び続け、古い概念に捉われないことも大切ですから、教員向けの研修や学びの場も作っていこうと考えています。
全体を通して、教育探求部として改革を進めています。フレキシブルに走りながら考え、見直しを重ねながら進めていきたいですね。
新聞記事を教材に調べ学習社会に目を向けて自分の意見を発信
新聞を教材として活用する教育活動。実際に新聞を読んで、掲載記事や与えられたテーマなどを題材に調べ学習をしたり、意見交換を行います。この経験を通して、多様な意見や価値観があることや、社会への関心、情報の整理能力や活用能力、文章による表現力や発信力を身につけることがねらいです。
生徒たちはプレゼンテーションソフトを用い、最終的にはテーマに沿って新聞作りを行います。過去には「動物の殺処分」「戦争」「SDGs」などが題材に取り上げられました。制作したオリジナル新聞は、ポスターセッションで発表を行いますが、まずは探究活動への興味・関心を育むことを優先し、あえて順位づけなどは行いません。
著名人の人生を探究
自分史をまとめる『マイストーリー』も
著名人の人生について調べてまとめ、プレゼンテーションをする取り組み。自分が興味を持った人物を一人選び、同じ人物を選んだ生徒同士でチームを組み、先人の生き方や人生について探究を進めます。小道具を使ったり、寸劇で表現するなど、チームごとに独創性たっぷりのアプローチで発表が行われます。ポイントは、著名人をロールモデルとして、自分の生き方を考えるきっかけにすること。
『人物ドキュメンタリー』に取り組んだ後は、自分史『マイストーリー』に挑戦。幼い頃の自分のことを家族にヒアリングするなどして進めていきます。そうして自分自身を省みて客観視できるようになれば、アイデンティティが確立されて将来のことも考えやすくなり、LAの質もより高くなっていくのです。
テーマも研究方法も自由! 好きなことや日常の疑問をとことん追求
中学校生活における探究学習の集大成。自由にテーマを設定して一年間をかけて探究を重ね、結果をまとめて発表します。研究成果は「分析力」「情報整理力」「研究力」「発信力(スライド)」「発信力(プレゼン)」の5項目で、先生方が審査にあたります。
探究内容は多彩で、クモの巣を集めて強度を調べた虫好きの生徒や、早く走る方法を科学的に研究したラグビー部の生徒、信号機について調べた鉄道ファンの生徒など、「これぞ探究学習」と言わんばかりのテーマがずらり。調査活動においても主体的に行動しており、博物館に出向いたり、自分の身体を使ってサンプルデータを収集したり、製薬会社に直接連絡してインタビューを実施した生徒も。
問題解決能力や自分の可能性を伸ばす
次代の社会で必要な力を考えながら、問題解決策や自分の可能性を発見する教材『ENAGEED』。中学校までの探究活動を土台に、より現実的な自分の生き方に紐づけていきます。
同校において探究の根底にある考え方は、中学も高校も変わりません。「自分たちの暮らしのなかで、課題に気づく」ことです。また、気づくだけで終わらせず、何をすればいいのか解決策を立案し、どうやって実現させるのかという行動にまでつなげる力を養います。
この経験を現実の行動に移す生徒も多く、「卓球部を作りたい!」と考えたある生徒は、部活動新設の条件を調べて一つずつ課題をクリアし、とうとう今年度、卓球サークル創設を実現させました。
企業が抱える問題解決に挑む、実社会と結びついた探究学習
「企業が抱える問題」を題材に、チームで解決策を考えます。高1で経験するENAGEEDが問題の発見・解決能力を養うものだとすると、こちらはより社会的な実践性が高いところがポイントです。協力企業は多岐にわたります。「『隠れた重さ』から世界を解放する新サービスを提案せよ」「人々の『育んできた大切』をつむいで私たちが望むくらしの新常識を提案せよ」など、投げられるお題もさまざま。複数回ある中間発表では各社の担当者からアドバイスをもらいつつ、試行錯誤しながら内容をブラッシュアップさせていきます。回数を重ねるごとに生徒たちがのめり込んでいくのが目に見えてわかるそうで、大人たちも舌を巻く提案が続出。
また同校は、全国大会『クエストカップ』の常連校にもなっています。