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進学通信

2023年9月

この記事は1年以上前の記事です。

教育問答
「挑戦」と「失敗」を積み重ねながら
大きく成長する6年間

校長 野中 豊彦先生。
1964年生まれ、大阪府出身。関西大学文学部卒。
学習塾勤務を経て、平成4年に明星へ。入試企画部長、中学教頭を歴任したのち、2023年4月より現職。
趣味は読書。おすすめは、漫画『三国志』(横山光輝著)で、全60巻を3回読み返したほど。
「本校図書館に全巻揃っていますので、入学したらぜひ読んでみてください」。

公開日2023/10/30

現代の子どもたちは、ある意味で非常に“良い子”です。しかしその陰で、失われたものもあるのではないでしょうか。
それを「取り戻したい」と語るのは、明星高等学校・中学校の野中豊彦校長です。「挑戦」「失敗」から学ぶその教育観について、思いを語っていただきました。

「経験」があまりに少ない現代の子どもたち

まずは、現代の子どもたちや中等教育全般を俯瞰して感じていらっしゃることをお聞かせください。

 これは本校に限ったことではないのかもしれませんが、実は、ある教員からこんな話を聞いて驚いたことがあります。「生徒に“言葉”が通じない」と言うのです。授業中に「お盆」の話をしたものの、どうもピンと来ていないようだと。お盆とは、ご先祖様の霊が帰ってくる時期であり、それに合わせてお墓参りを行いますよね。

 しかし、それがよくわかってないのです。子どもたちにとってお盆とは「家族で旅行に出かける時期」くらいの感覚のようで、家族のなかで「お盆とは何なのか」という話題が出なくなっているのだと感じました。
 
 また、体育のマット運動において「前転」ができない生徒も数名いたようです。そもそも「前転をしたことがない」と言うのです。たとえ小学校の体育の授業で習っていなかったとしても、幼い頃に布団の上で「でんぐり返し」をして遊んだことくらいあるものではないでしょうか。しかし、それすらない。
  
 私たちの感覚では、生徒たちも当然わかっているもの、できるものという感覚でいたのですが、実はそうではなかったのです。教員も困惑しているようでした。

「時代の流れ」で片づけてしまうには、あまりに由々しき問題ですね。

 そう思います。しかし私は、お盆を知らないとか、前転ができないとか、何らかの知識や技術が足りないことが問題だと言いたいのではありません。子どもたちに圧倒的に不足しているのは、中学入学までの人生における「経験」です。本来であれば家庭や生活のなかで自然と学んできたはずのこと、あるいは経験できたはずのことが、現在の子どもたちには足りていないのでしょう。そのせいか、実年齢と比較しても「幼い」と感じることが増えました。

 仮に、友だちとトラブルになったとしましょう。このようなときも、対応が上手くないように見えます。現代の子どもたちは、友だちの属性や人数も限られがちです。居心地のいい場所や人間関係のなかだけに置かれてきたと言ってもよいかもしれません。話し合って折り合いをつけることも、ぶつかり合ってわかり合うことも、その経験がほとんどなかったのだと思います。そのため、いざトラブルになると、どうしたらよいのかがわからないのです。

子どもたちが失ってきたものを取り戻す6年間にしたい

表面的にはものわかりのいい“良い子”ではあるものの、逆に言えば凹凸がないということなのでしょうか。なぜそのようなことになるのだと思われますか?

 塾通いに習いごと……現代の子どもたちは、忙しすぎるのだと思います。中学受験もあるし、外では遊ぶ時間もあまりない。社会のルールは厳しくなり、「あれはいけない、これはダメだ」とがんじがらめ。そういう意味では不自由な環境にあるのかもしれません。
 
 また、保護者を含む周りの大人の影響も強いのではないでしょうか。特に本校を含め、中学受験をする子どもたちは相応の学力を持っています。周りから「勉強ができる子」と言われて育ってきているはずです。ちやほやもされてきたでしょう。それがある種の純粋培養のような状態になり、余計に子どもたちから経験を奪っている部分もあると思います。

保護者に守られすぎている部分があるのでしょうか。

 そうした面もあるかもしれませんが、「保護者に原因がある」と断じることはできません。環境がそうさせているのです。

 特に都市部では地域コミュニティのつながりも薄くなりがちで、大人との接点も少なくなっています。保護者と学校の先生、塾の先生以外の大人を知らない子どもたちも多いでしょう。そのようななかで“良い子”として育っているので、叱られる経験も少なくなります。トラブルはできるだけ避け、失敗しないように大人が先回りしてレールを敷く。そのために失敗を恐れるマインドは強いですね。

 子どものころなんて、もっといろいろ挑戦して、失敗して、そこから学べばいいのです。それが「経験」ですから。

 中学受験の当事者そのものである私立中学が、こんなことを言うのはおかしいと思われるかもしれません。しかし、だからこそ、それらの経験を本校で積ませてあげたいです。受験やその他さまざまな環境的要因で子どもたちが失ってきたものを、この中高6年間で取り戻させてあげたいと本気で思っています。

経験して納得するから生徒たちが変わる

具体的に、どのような取り組みをなさっていますか?

「経験」を積むために設けられた海外研修は、3~6カ月の長期にわたるものや、インドなど学校の海外研修としてはめずらしい行き先のものも。

「経験」を積むために設けられた海外研修は、3~6カ月の長期にわたるものや、インドなど学校の海外研修としてはめずらしい行き先のものも。

 大きな特徴の一つとして挙げられるのは、豊富な海外研修でしょう。たとえば中3の3学期には、希望者を対象に留学を実施しています。行き先はニュージーランド、オーストラリア、カナダなどで、期間は3~6カ月と、中学生対象のものとしては異例の長さです。留学中はホームステイをしながら現地の学校に通い、教科の授業を英語で受講します。

 ただ、英語力を高めるという目的も確かにありますが、本質的な主旨はそこではありません。私たちは「語学研修」というより「武者修行」だと捉えています。現地のクラスメートたちとどう友だちになるか、ホストフミリーたちとどう関係を築いていくか。それらを試行錯誤して学んできてほしい。特に海外では、自分の意見はっきり伝えることが求められます。現代の日本の子どもたちが最も苦手とする部分です。とにかく「自分で考え、判断し、伝える」という一連の流れを、言語の壁を越えたコミュニケーションのなかで体験してほしいと思っています。

これもすべては「経験」だということですね。

 もう一つの大きな目的として、生徒たちの「親離れ」と同時に、保護者さんも「子離れ」をする機会になればいいなという考えがあります。

 保護者の立場からすれば、不安になる気持ちもあるでしょう。しかし、子どもたちが主体的な経験を通して何かをつかみ、成長していくためには、親が子どもを「手放す」過程が欠かせません。3~6カ月という長期のプランを組んでいるのも、実はこの「親離れ、子離れ」をするために必要な期間だと考えているからなのです。

 ほかにも台湾研修やカンボジア研修、さらに今年の冬には、初の試みとなるインド研修も予定しているところです。アメリカのハーバード大学に滞在しながら学生や留学生らとディスカッションなどを行う「次世代リーダー養成プログラム」も実施しています。

実際、生徒たちに変容や成長は見られますか?

放課後活動も多彩。難病問題の解決を考える『RDDプロジェクト』もその一つ。

放課後活動も多彩。難病問題の解決を考える『RDDプロジェクト』もその一つ。

 本校は男子校ですが、男子の特性として「自分が納得しないと動かない」という面があります。親や教員「勉強しなさい」と言っても、あまり聞かないものですよね。

 しかしこうした研修によって、まさに「納得」するのでしょう。劇的に変わる生徒が多いです。「シャキッとする」とでも表現すべきでしょうか。英語力も含め、自分の甘さや至らなさに気づくようです。上手く英語で話せなかったのがくやしくて、これを機会に勉強に熱が入ることもめずらしくありません。総じて、何かにつけて目標が高くなる生徒が多いですね。

ほか、男子校であることが、生徒たちの経験や成長に影響を与えていると感じる面はありますか?

 異性の目を気にしないぶん、何ごとも恥ずかしがらずに挑戦できる環境にあるというところです。思春期の男子は何かと斜に構えがちですが、本校の生徒たちにあまりそのような態度は見られません。誰かが何かに挑戦したり、真面目に取り組んだりすることを茶化さないですね。生徒数が多いので趣味・趣向も多様ですが、スポーツが好きな生徒、アニメが好きな生徒、あるいは将棋が大好きな生徒、それぞれが認め合っているという印象です。

 ただ、先ほどの話と重なりますが、最近は大人しい子も多いですから、学校として、「仕掛け」を作ってあることは大事だと思っています。

 たとえば放課後活動として、世界の難病研究や患者さんのQOL(生活の質)向上に取り組む『RDDプロジェクト』や、大学と提携した生物研究、地域おこしのコンテストへの参加など、興味のあるものにどんどん取り組めるような機会を設けています。さらに夏期講習中は教科学習だけに取り組むのではなく、プログラミングを組んでドローンを飛ばす講習なども実施しています。どのような内容でもいいので、まずは興味・関心に基づいていろいろなことを経験してほしいと思っています。
 

楽しいと思える教育を届けたい

先生のそのような教育観は、どのようにして育まれたのでしょう。

 実は私は、大学時代にバックパッカーにハマっていたことがあるんですよ。南米、中国、インド、イラン、トルコなど、さまざまな国をめぐりました。

 楽しい日々でしたが、もちろん手痛い失敗も経験しています。現地で病気になったり、だまされてお金を巻き上げられたり。それが大きく影響しているかもしれないですね。そうした失敗から「同じ轍を踏まないために次はどうしよう」と考えるようになりました。

 しかし現代の子どもたちは「経験」をしていませんから、当然失敗もしません。ですから、型にはまった〝良い子〟になろうとするのでなく、失敗を恐れず何でも挑戦して、今のうちに失敗する経験をしておけばいいと思っているのです。その経験なくして社会に出ても、挫折から立ち直るのは非常に困難ですから。

 本校は教育方針で「人や社会に能力を還元し、貢献できる」人物の育成を目指していますが、本当にそれを成そうと思えば、まずは本人が自立していなければ。社会において、自分で生きていける力を身につけてほしいと思っています。

確かな大学進学実績でも知られる貴校ですが、生徒たちの進路についてお考えをお聞かせください。

 これまでお伝えしてきたように、「もっといろいろ楽しんでほしい」というのが私の考えです。進路においても、もっと多様性があってよいと思います。

 難関国立大学を目指すのもよいですし、確かに学校としてもそのバックアップに力を入れてはいます。しかし、地方や海外の大学にも目を向けてもよいのではないでしょうか。他人と一緒でなくてもいいですし、極論すれば、すべての生徒に大学進学が正解だとも限らないのですから。

夏期講習中には、プログラミングでドローンを飛ばす講習も行われる。教科学習だけではなく、さまざまな興味・関心を喚起する仕掛けが施されている。

そのような学校づくりをするために、どのようなことを大事にされていますか。

 校長である私自身が、いつも“上機嫌”で楽しくいることですね。そして私自身の失敗も、隠さずどんどん話すことです。

 子どもたちが挑戦を楽しめるようになるためには、まず大人が挑戦する姿を見せることが欠かせません。そして、教員がそのような姿を示すためには、学校のリーダーである校長の私が、それに蓋をしてはいけないと思うのです。

 今、世界は、先行き不透明な時代と言われ、AIに仕事を奪われるだとか、今ある職業の多くがなくなるといった言説が多く聞かれますよね。しかし私は思うのです。仮にそうだとしても、それを子どもたちへの「脅し」に使って「だから学びなさい」と言うのは違うのではないかと。先行きがわからないから不安なのではなく、むしろわからないからこそ何でもありで、挑戦する機会ではないでしょうか。そんなふうに考えられる、たくましい子どもたちを育てたいですね。