
富士山登山という中学校の行事としてはあまり前例のない取り組みに、不安を抱く生徒や保護者も少なくなかった。
しかし、プロの山岳ガイドを招いて説明会を開くなど事前学習や認知活動に努めることで、万全の理解を得た。
安全を最優先とし、スタッフとガイド20名以上の体制で山頂に挑む。

「生徒に成功体験を」と考え、満を持して『富士山登山』を実現させた根来和弘校長補佐。かつて「二度と来ない」とまで思った険しい道のりに、今度は先頭で臨むと意気込みを見せる。
「私が先頭を切って歩いてきますよ!」
本番を前にそう意気込みを語るのは、根来和弘校長補佐。常翔学園中学校は初めての試みとして、2023 年7月、中学2年生全員が富士山の登頂に挑みます。
実はこの富士山登山は、根来先生が思いの丈を込めて数年をかけて準備を重ね、ようやく実現したもの。そのあふれんばかりの情熱が、冒頭の言葉となって飛び出したのです。
国公立大学への進学実績や強豪のクラブ活動でも知られ、活気があるイメージの強い同校ですが、根来先生はある懸念を抱いていました。生徒たちが自分に対し、あまり自信を持てていないように見えたのです。
そこで、中学校生活のなかで「何かをやり遂げた」と思える経験ができないだろうかと考えました。キーワードは「成功体験」「達成感」「自己肯定感」。そして重要なのが、それを“生徒全員に届ける”こと。そのために何をすればいいのか、いろいろなアイデアが浮かんでは消えていったと言います。そして「これだ!」と思い至ったのが、富士山登山だったのです。根来先生は、その経緯をこう語ります。
「登山という行為が持つ教育的意義の高さには、以前から注目していました。軽いハイキング程度ならいざ知らず、相応の山に登ろうと思えば、登山計画や体力づくりなどの準備が欠かせません。準備が8割と言っても過言ではないでしょう。また、ハードな道のりを登っていく過程では、仲間との助け合いや励まし合いも欠かせません。今日決めて明日登ってくるような軽い気持ちでは成し得ない。そのプロセスに大きな価値を見出し、『これしかない!』とその思いを実現させました」
このプロセスを聞いて、何か気づくことはないでしょうか。実は、勉強(受験)と同じなのです。しっかりと準備を重ね、仲間と切磋琢磨しながら目標に向かって頑張り、そして目標に到達する…。富士山登山でこのプロセスを体験することで、それを今後の学習にも活かしてほしいというねらいがありました。富士山を選んだのは、やはり「日本一の頂を目指してほしい」という思いから。それが勉強や受験、あるいはその先の人生においても、大きな財産になるだろうと考えたのです。
準備にあたっては、中学1年の3月に金剛山(大阪)、中学2年の5月に伊吹山(滋賀)の登頂にチャレンジ。ここで体力づくりや、困難を乗り越えるなど、登山を知るための“予行演習”を重ねていくのです。富士山ほどではないとはいえ、どちらも決して楽な道のりではありません。登山中は疲れを見せる生徒もいましたが、みんなで歌を歌ったり励まし合うなどして、一致団結するようすを見せていたそうです。そんな姿を思い出して、根来先生はこう振り返ります。
「体力的に厳しい生徒もいると思います。登頂を成し遂げることも大事ですが、自分が登るに当たって、どれだけのサポートがあったのかも感じてほしいのです」
中2の5月には滋賀県最高峰の名山・伊吹山の頂を目指す。
「しんどい」と言いながらも登り続け、標高1377メートルの頂上から見える絶景に、生徒からも歓声が。「圧倒的な景色の美しさに、疲れも吹き飛んだのでしょう」(根来先生)
中1の3月に、大阪の最高峰・金剛山に挑戦。
登山経験がほとんどなく、「最後までは無理かな?」と思っていた生徒も音を上げずに頑張るなど、明らかに成長した姿が見られたと言う。
一方で富士山登山は、ハードなだけでなく、危険が伴うという側面もあります。生徒や保護者からは「心配だ」「自分に(わが子に)そんなことができるのか」という不安の声もありました。中学校の行事において富士山登山の事例が少ないのも、こうした事情が背景にあります。
そこでそこでまずは、行程にも余裕を持たせ、プロの山岳ガイドが複数名随行し、スタッフ総数は20名以上という徹底した安全管理体制を構築。さらにガイドを招いての説明会を2回実施して安全性を説きつつ、富士山登山が持つ教育的意義を熱心に伝え続けました。その結果、保護者の理解と賛同を得るに至ったのです。「素晴らしい取り組みだ」「家族で行くのは難しいのでありがたい」という声が多く届いたそうです。

登山で得た経験は、勉強にも活きるはず。辛いことを乗り越えたり、困っている仲間がいれば手を差し伸べたり。生徒たちにとって勉強や大学受験はチーム戦。
それでも生徒たちには「しんどそう」「自信がない」と、ネガティブな思いが拭えない部分もあったようです。しかし、それもまた勉強や受験でのプロセスと同じ。だからこそ、挑む価値があると言えるでしょう。
実は自身も子どものころに、富士山に登った経験があると言う根来先生。大人でさえダウンしている姿を見て「もう二度と来ない!」と感じたその思いも、まさか今、「自分が先頭で登るぞ!」と言い出すとは思わなかったと笑顔で答えます。
根来先生は新入生全員と面談するのが毎年のルーティーンになっており、その際これからの学校生活で楽しみにしていることを、生徒に尋ねるようにしています。返ってくる答えは「修学旅行です」というものが多いそうですが、「後に振り返ったときに、『富士山登山が一番よかった!』と言うはずです」と、その後の生徒の成長する姿に期待を寄せます。
日本一の山で生徒たちが何を感じ、何を得るのかが楽しみです。