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進学通信

2023年3月

この記事は1年以上前の記事です。

教育問答
「人材育成」ではなく「教育」を
学びの主役が生徒たちであるように

「人材育成」と「教育」――混同して語られがちな両者ですが、本質は異なるものです。だとすると、中等教育機関(中学校・高等学校)に求められる「教育」とはそもそも何なのでしょうか。国内屈指の名門校として知られる灘中学校・灘高等学校の海保雅一校長に、あるべき教育の姿についてお話をしていただきました。
公開日2023/4/20
プロフィール
校長・海保 雅一 先生

1958年生まれ、兵庫県出身。京都大学経済学部卒。兵庫県の公立高校を経て1994年同校入職、2022年より第9代校長就任。担当教科は英語。「学びの本質は生徒が自らの才能を伸ばす手助けである」という教育観のもと、知的好奇心・探究心を刺激する環境を何より大切にする。

表面的なスローガンだけが独り歩き

まず初めに、現在の中等教育全体を俯瞰して、先生が感じていらっしゃることをお聞かせいただけますか。

 学習指導要領改訂にも見られるように、教育改革が進み、新しい教育方針が次々と打ち出されています。もちろんそれ自体が悪いと言いたいのではなく、社会情勢に即して教育も変わる必要があることは理解しています。しかしその改革は、煮詰めた対話的プロセスを経たものなのかということには、疑問が残ると言わざるを得ません。表面だけを整えたような、あるいはスローガンだけが一人歩きしているような感覚があるのです。「そこに(教育や子どもたちにとって)輝く未来はあるのか」と強く問いたいですね。  
たとえば、昨今よく耳にするようになった「学びの個別最適化」という考え方があります。これも、その思想自体を否定するものではありません。ただ、そのための手段の一つとしてデジタル庁が主導している「教育データ利活用ロードマップ」で考えてみましょう。これは、学習者個人の学習履歴や活動履歴、授業の出欠状況などをデジタル化して蓄積するものです。国は、このデータを学校などの教育機関が共有し、本人も閲覧可能にすることで、学びの個別最適化や生涯学習に役立てられるとしています。しかし、そのデータで個人のプロファイリングが行われ、それが入学試験や採用試験での選考に利用される危険性を排除できるのでしょうか。

自身の学びのためというよりは、第三者からの評価のためのデータになる可能性がありますね。学習者の学びは、そのデータの〝見栄え〟を良くするための、表面的な実績ばかりを整えたものになりかねません。

 そうした面もあるかもしれませんね。一方で、学習者にはそうした個人のデータを「消去する権利」すなわち「忘れられる権利」があります。もし、公益性を名目に本人の同意なくデータが用いられるようなことがあれば大問題です。デジタル監視社会まっしぐらといえるでしょう。そのような問題を熟議せぬまま、形だけ整えようとしているように見えて仕方ないのです。

なぜそのように、拙速に制度だけを整えようとしてしまうのでしょう?

 現在の教育改革は、2013年の産業競争力会議での提言がベースになっています。グローバリゼーションが進む中で日本経済が国際競争力を取り戻すためには、それを支える人材育成は待ったなしの状況です。つまり、そうした人材を輩出するための教育観や手法が、大学だけではなく中等教育機関にまで降りてきているということです。

まるで、「社会で役立つ人材育成」が教育の目的であるかのようですね。「人材育成」と「教育」は似て非なるものですが、ここが混同されているようにも感じます。

 私が懸念するのもそこです。中等教育で「人材育成」が喧伝されるようになったのは、おそらくここ十数年のことではないでしょうか。先ほど、そうした考えが「中等教育機関に降りてきている」という言い方をしましたが、この時期の学習者(子どもたち)にとって、果たしてそれが最善と言えるのか。もっと個々の土壌を耕す時期ではないかと思いますし、それこそが「教育」でしょう。大学以降の高等教育において人材育成を考えることは必要だと思いますが、逆に言えばそれは大学からでも十分だということです。このあたりも非常に拙速な印象を受けますね。最初から企業や産業界の役に立つ人間を作ろうとしなくてもよいのではないでしょうか。社会の要請に応えるのは大事ですが、産業界で役立つ人材輩出だけを唯一解とし、直線的に求めるのは、本来の「学び」とはかけ離れた姿です。「社会の求めに応じて」と言うのであれば、もっと広い視点、たとえばSDGsのような発想でこれからの共生社会を創っていくような子どもたちを育てる営みこそ、真に価値ある「教育」であると考えます。

生徒を主役に据えた学びで「得意」を見つけ、伸ばす

日本屈指の名門校として有名な貴校ですが、その教育的役割や存在意義についてはどのようにお考えでしょうか。

 入試の難易度や卒業生の進路の印象などから〝エリート養成機関〟といった先入観を抱かれる方もいらっしゃるでしょうが、本校は、エリートやリーダーの育成を主眼としているわけではありません。
 本校は日本柔道の父・嘉納治五郎先生を創立顧問に迎えて設立された学校です。そのため、講道館柔道の理念「精力善用」「自他共栄」を校是としています。「精力善用」とは「心身の力を最も有効に用いなさい」、「自他共栄」は「自他共に栄える社会を作り
なさい」という教えです。これは生き方全般の指針とすべき教えですが、自己の能力向上をこの指針に沿って考えるならば、自分の真の得意分野を見いだしてその分野の資質・能力を向上させて活躍することが「精力善用」だと言えるでしょう。そしてその資質・能力を互いに活用し合い、協力し合えば、それは「自他共栄」の体現になります。

その思想は、先ほどおっしゃられたSDGsの発想にきわめて近いですね。社会的な価値観も現代とはかなり異なったであろう創立時に、すでにそれを掲げていたことに驚かされます。まさに「時代が追いついてきた」という感すらありますね。

 さすがにそこまで言うのはおこがましいですが、校是とSDGsとの親和性についてはおっしゃるとおりです。グローバル競争で勝ち残るための人材ではなく、持続可能な共生社会全体に資する人物を育てるのが本校の信条であると考えます。

そのような教育を実践するために重視していることは何ですか?

 「生徒が主役」の学校であることです。たとえば、本校は自由な校風でも知られています。明文化された校則もなければ、制服もありません。そのため生徒たちには、自分の行動が「精力善用」「自他共栄」にふさわしいと言えるものかどうか、常に自問を重ねなさいと伝えています。
 また、先ほど申し上げた、自分の「得意分野」を見つけ出すためには、主体的な行動が必要です。そして主体的に動くためには、自由な環境が欠かせません。校則などのルールで縛れば規律は生まれるかもしれませんが、それはややもすれば生徒から考える機会や権利を奪い、思考停止に陥らせてしまいます。やはり自分で考え、自分で決められる人であってほしいですし、そのためにも自由な環境は欠かせないのです。

部活動に積極的なことも貴校の特徴の一つですが、それも自由な校風の影響でしょうか。

 そうですね。卒業後の進路が注目されがちな本校ですが、大学受験のために部活動をはじめとする課外活動に制限を設けることは一切していません。むしろ兼部(部活動の掛け持ち)を奨励しているほどです。創立以来の文武両道精神もあって、集団活動を通してやり抜く力やコミュニケーション能力などの非認知能力を高めてほしいという考えが根底にあります。
 生徒会活動が部活動に劣らずさかんなことも本校の特徴です。本校では文化祭や体育祭などの学校行事は、生徒が企画・運営を行います。体育祭は体育委員長をリーダーとする体育委員会が、文化祭は文化委員長をリーダーとする文化委員会が企画・運営を担います。体育委員会は数十人規模、文化委員会は150 人から200 人規模の生徒有志の団体です。文化祭は、コロナ禍前ですと2万人もの来場者がある大規模なプロジェクトであり、このようなプロジェクトの企画・実行は、課題解決型学習(PBL)の一種であると言えます。生徒会傘下の各種委員会に加わる生徒は、リーダーシップ・人間関係調整力・計画性・やり抜く力などの非認知能力を飛躍的に伸ばすでしょう。

担任団の持ち上がり制や充実した図書館が支える主体的な学び

とはいえ、やはり「知識・技能」も大切な学力の一環です。貴校の生徒たちは、ここについても非常に優秀ですが、どのようなアプローチで伸ばしておられるのでしょうか。

 「知識・技能」だけでなく学力の3要素すべてを育成し主体的な学びを推し進める鍵は、やはり授業の質にあります。本校生徒の旺盛な好奇心・探究心に応えるために、教員は全精力を傾けて授業の準備をし、授業を実践しています。彼らの探究心に応えるべく、これでもかというくらい内容を深く掘り下げたり、教科にもよりますが、彼らの知的好奇心を満たすために教科の枠を超えて授業の幅を広げたりします。そのため自主教材も多用します。また、質の高い授業実践を支えているのが、本校独自の「担任持ち上がり制」です。
原則として8人の教員で担任団を構成し、中学校入学から高校卒業までの6年間の授業を受け持つことで、一貫性や効率性を担保しながら学びを深めていきます。いわば、生徒の学びや成長に伴走し続ける一つのチームなのです。

 生徒たちが主体的に学ぶ姿勢は、各種コンテストでの受賞者の多さにも表れています。国際科学オリンピックでは毎年数名の生徒がメダルを受賞していますし、さまざまなコンテストにも多くの生徒が自主的に参加し、たくさんの賞をいただいています。また、資格試験に挑戦する生徒もおり、在校生の中には司法試験に合格した高校生がいますし、行政書士試験に合格した中学生もいます。いずれも最年少合格者です。これらはすべて生徒たちの自主的・主体的な活動の成果であり、教員はほとんど関与しておりません。
生徒本人の好奇心や探究心が原動力になってこそ、主体的な学びが実現できるのです。ここに、詰め込み型教育の限界があると思います。繰り返しになりますが、だからこそ自由な雰囲気のなかで自分の好きなことを見つけ、追求できる学びの環境が大事なのです。

自由であることのほかに、貴校の生徒たちの主体的な学びを支える仕組みや制度のようなものはありますか?

 「図書館」ではないでしょうか。インターネット全盛の現代、検索すればさまざまな情報を入手できます。しかし、スマートフォ
ンで調べて簡単に完結するような浅い学びではなく、人類の叡智の結晶である書籍から紐解く学びを大切にしたいですね。本校の図書館には8万冊の蔵書があり、これらを活用して探究学習を行っています。
 主体的な学びや探究学習を支える学校図書館において、蔵書の質と量に劣らず大切なものは、その運営体制です。具体的には、専任の司書教諭の存在です。本校では2名の専任司書教諭が常駐しています。この体制によって、図書館での探究の授業で教科教員が司書教諭とティームティーチングを行ったり、司書教諭が生徒の資料探しに専門的なアドバイスを与えたりすることが可能になるのです。

図書館で行う家庭科の授業

自由・自主の校風と校是の理念を継承

貴校のこうした姿勢や取り組みは、学びの原点に立ち返るかのような印象を受けます。

 初代校長の眞田範衞先生が作詞をされ、代々歌い継がれている灘校生徒歌に「雪清浄の六甲や 文化をほこる阪神の いらかの波を低く見て 高きに立ちてうそぶけば」という一節があります。眞田先生は学校生活の四季折々の風景を詩に詠われたのですが、灘校誕生当時の阪神地域のようすがよくわかる一節です。
 
20世紀初頭、大阪は商業都市として、神戸は港湾都市としてそれぞれ発展し、そこで豊かになった人たちは六甲山麓の阪神地域に郊外住宅を次々と建設して暮らすようになりました。つまり、全国に先駆けて職住分離が行われたのです。そこに伝統と近代西欧文化を融合させたライフスタイルを楽しむ「阪神間モダニズム」という市民文化が誕生しました。
 財をなした事業家たちは学問・芸術・文化に惜しげも無く資金を投入し、何校もの私学がこの時期に誕生しました。灘校もその一つで、旧制灘中学校は菊正宗酒造、白鶴酒造の両嘉納家および櫻正宗の山邑家という酒造家たちの篤志により1927 年に創立されたのです。
 「学びの原点」とおっしゃいましたが、灘校誕生の母体は「阪神間モダニズム」という市民文化であり、自由・自主の校風や学びへの情熱もそこを原点として生まれ、今に受け継がれているのだと思います。ちなみに、創立当初から使用されている灘校本館は「阪神間モダニズム」を象徴する建築物の一つとして、国の登録有形文化財に指定されています。
 灘校では、各教員が創意工夫に富む個性豊かな教育活動を実践し、生徒も自由・自主の校風のもと、自主的・主体的な学びを行っています。そのような自由・自主の集団を一つにまとめ上げているのが、「精力善用」「自他共栄」という合理性と普遍性を兼ね備えた理念なのです。これからも自由・自主の学校文化と校是の理念を守り伝えてゆく所存です。

登録有形文化財に指定されている本館は灘校のシンボルとなっている。