西日本の私学では唯一となる、旧制高校の伝統を汲み、学問に対する興味を根底から喚起する教育を実践する甲南高等学校・中学校。「世界に通用する紳士たれ」を指針に掲げ、その長い歴史と伝統は、極めて強い愛校心を育む土壌となっています。生徒もOBも“甲南ボーイ”としての誇りを強く胸に抱いており、卒業後も切れることのない強固な絆を形成しているのです。
部活動など、中1から高3まで一緒に取り組む活動が多い環境もそれを後押ししているのでしょう。中高6年間と大学(甲南大学)4年間も含めると、実に10年間のつながりを持つということになります。
保護者や教員にも元・甲南ボーイが多く、いわば生徒・OB・保護者・教員が一体となって共に成長していく風土が醸成されているのです。OBには医師・弁護士・経営者などが顔を並べており、キャリア教育プログラムなどでは、どれだけ忙しくても後輩のために協力してくれるほどです。
一方で、旧制高校を出自に持つ歴史は、同校の教育内容を非常にアカデミックなものにしています。旧制高校は、いわゆる旧帝大などに進学するための予備教育を担う存在であったためです。入試広報部長の田村信平先生はそのメリットを次のように話します。
「いたるところに旧制高校の名残りを感じますね。大学並みの実験室を多数備えているところはその特徴の一つでしょう。それが本校『フロントランナーコース』の土台になっています」
『フロントランナーコース』は、「サイエンス」と「グローバル」を学びの軸に据えたSTEAM教育が魅力で、国公立をはじめとする難関大学への進学を目指すコースです。しかし田村先生は「これぞ甲南スピリット!」と言わんばかりに、こう付け加えます。「いわゆる特進系のコースと思われるかもしれませんが、それが趣旨ではありません。結果として難関大学へ進学する生徒は多いですが、生徒たちが大学名で進路を選ぶことはまずありません。むしろそういった価値観・進路観が好きではない子たちです」
では『フロントランナーコース』を選ぶ生徒たちは、何を期待しているのでしょうか。田村先生は、二つのラボ『サイエンス・ラボ』『グローバル・ラボ』の存在を挙げます。これらは月1回・2時間連続で実験・実習を行うプログラムです。
『サイエンス・ラボ』は、科学的な思考力を養うことがねらいです。高度な実験・実習に取り組み、レポートの作成に挑みます。『グローバル・ラボ』は、多様性理解や論理的思考力の育成を目的としています。「世界・言語」「歴史・宗教・平和」「社会・環境」の分野で構成されており、仲間と共に探究を重ね、世界への理解を深めるものです。
「難関大学進学のためだけなら、実験などせずに受験勉強に力を入れたほうが効率的なのは事実でしょう。しかし本校も、生徒たちも、求めているのはそこではありません。純粋に、自らの知的好奇心を深め広げていける学びが楽しいから、フロントランナーコースに進むのです」
実際、他校を志望していたにも関わらず、(中学受験生向けの)学校見学会で本校の実験設備を目の当たりにし、「甲南に入りたい!」と言い出す子も少なくないそう。知りたい、学びたいという飽くなき好奇心が、同校が同校である源泉を支えているのです。
ハイレベルな学びを支える、大学並みの設備を備えた実験室。その環境を存分に活かし、高度な実験に次々と挑戦できるのが、中2・中3で行う『サイエンス・ラボ』。「化学」「生物」「物理」の3分野に分けられています。
これまでに、「化学」では「酸化炎ローソクの作成と冶金」「陽イオンの系統分析」、「生物」では「ゾウリムシの浸透圧調節」「ウズラ初期胚を用いた心拍数測定」、「物理」では「ゲルマニウムラジオの作成」「重力加速度の測定」などをテーマに学びました。
高2では、より高度な『ハイレベルサイエンス・ラボ』も。サイエンス・ラボが科学的な知的好奇心を掘り起こすものだとすれば、こちらはより本格的な「研究」といえます。大学レベルの実験・実習が可能で、研究成果をレポートにまとめて発表します。
希望者はフロリダ工科大学(NASAの技術者養成を目的に設立された米トップクラスの工科大学)での研修も用意されており、現地の研究員らとロケット実験を行うこともできます。
『サイエンス・ラボ』で特に興奮したのは、ロケットの打ち上げ実験です。かなり小型のものですが、原理は本物のロケットと同じ。これを空気抵抗や重量などを計算した3つの形に作り分け、どれが最も高く飛ぶか検証します。最も高いもので50mくらい打ち上がりました。さらに、音の原理を知る実験では計測機器となる『オシロスコープ』を自分たちで一から作ったのも良い経験になりました。
専門知識が身に付くことはもちろんうれしいのですが、実験では仲間と協力したり意見を交わす場面が欠かせません。ときには考えの違いからケンカになることもありましたが(笑)、それでもお互い認め合い力を合わせていける空気があるのは、まさに甲南らしさです。
(中3・Kくん/フロントランナーコース)
『グローバル・ラボ』は、フロントランナーコースを単なる理系コースの概念に留めない役割を果たす重要な存在。世界的視野で地球が抱える問題を探究し、調べ学習やグループ討論を重ねつつ、当事者意識と多様性のある視点を育むものです。
「平和」という分野では、「満州からの引き揚げ体験」「日本兵とフィリピン人の和解物語」を学び、第二次世界大戦における日本の被害者・加害者としての両方の立場を学びます。一つの側面から結論ありきの学びに取り組むのではなく、「立場が変われば正義も変わる」といった、多角的な視点を身に付けていくのです。
「環境」ではフードマイレージや環境問題に関するワークショップを、「歴史」では宗教と現代社会の関わりや、民族と紛争についても学びます。
学んだ知識を単なる情報として終わらせることなく、世界と自分がつながっていることを実感していきます。
グローバル・ラボで印象に残っているのは「世界がもし100人の村だったら」を再現したワークショップです。貧困や識字率など世界の課題を示したデータを、僕たちのクラスに当てはめて一つの世界の縮図を実体験するもので、格差がすべて可視化されることで実感する事実に衝撃を受けました。
ほかにも、貿易を題材にいかに富を増やしていくかを体験するゲームでは、情報格差がいかに豊かさに影響を与えるかを学びました。
これらから学んだのは「世界は協力しないといけない」ということ。いま、世界は経済原理に基づいて競争を続けていますがそうではなく、分け合い、力を合わせることこそ大事なのではないかと感じます。そして何より、世界の問題を身近に感じることで、僕自身も「世界をより良く変えたい」という意識が芽生えたことが大きかったです。(Kくん)