1963年生まれ、兵庫県出身。職業会計人を目指し、大学時代は法学部で税法を学んだ。
大学院に進学後、あることをきっかけに教員へ方向転換を決意し、通信教育で教員資格を取得。
2校の私立中高一貫校で進路指導を担当し、いずれも進学実績が右肩上がりに。
2014年、箕面自由学園副校長として着任。2015年に校長就任。
2021年より学園長兼務。
日本一の実力を誇るチアリーダー部、吹奏楽部の活躍で、その名を全国に知られている箕面自由学園。数年前からは進学実績も向上し、昨年度は大阪府下私立高等学校において志願者数ナンバーワンを記録するなど存在感を発揮し、これまで以上に注目を集めています。この人気の秘密を、田中良樹校長にうかがいました。
まず、田中先生が教員になったいきさつを教えてください。
実は私の母は専門学校の非常勤講師をしていたことがあり、常々、私に「教員になってはどうか」と言っていました。ところが私は、「自分の人生は自分で決めたい」と考えており、職業会計人になろうと思いました。そのため大学では法学部に進んで税法を学び、大学院生時代には、アルバイトとして友人の父が経営する会計事務所でお手伝いをしながら学習塾で講師をしていました。
そんなある日、学習塾で中3の生徒が「田中先生は先生の仕事に向いていると思う」と繰り返し言ってくれたのです。なぜ、そう言ったのかはわかりませんが、その頃、会計事務所でのアルバイトを通じて「職業会計人は向いていないかもしれない」と感じ始めていました。そんな背景もあったためか、その生徒の言葉が心に響いたのでしょう。そして中高時代の学校での経験や楽しかった出来事を思い出しているうちに、「教員になろう」という気持ちが芽生えたのです。それが大学院修了直前だったため教育実習には間に合わず、1年間、大学院修了を先延ばしにして、通信教育を利用して教員免許を取得しました。ですから教員として教壇に立ったのは27歳のとき。遅いスタートですね。この話をすると「最初から親が勧めていた教員の道を行けばよかったのでは?」と思うかもしれませんが、そうは思いません。自分で考えて行動したうえでの寄り道には意味があるし、それこそが大切だと考えるからです。
学校づくりに関して、校長先生として心がけていらっしゃることを教えてください。
7年前に箕面自由学園に着任するまでは、2校の中高一貫校で教鞭を執っていました。一つはスポーツが全国レベルの進学校で、もう一つは大学附属の中高一貫校でした。
それぞれ異なる魅力のある学校でさまざまな経験を積むうちに、私の理想の学校のイメージができていたため、箕面自由学園には、「私が考える理想の学校を実現したい」という思いを抱いてやって来ました。
私が考える“理想の学校”とは、「自分の子どもを通わせたくなる学校」です。それは、6年間を通じて生徒の「自己肯定感」を育む教育のある学校にほかなりません。
近年、「自己肯定感」を持つ大切さが注目されていますね。貴校の進学実績が右肩上がりになり、昨年は大阪府下の私立高等学校において志願者数がナンバーワンになったことは、それと関係があるのでしょうか。
自己肯定感が高い人は、困難なことがあっても前向きに物事を捉えます。そのような人は、やりたいことを自分で考えて、自分から行動できる人です。自己肯定感が高まると、やりたいことを実現するために大学や学部を選び、嬉々として勉強するようになります。本校の進学実績が向上したのはこれが大きな要因だと思います。
また、高等学校の志願者数が大阪府でナンバーワンになったのは、大学合格実績が伸びたことで本校に関心を持ってくださる方が増え、本校の長い歴史のなかで培われた良い校風を感じ取ってくださった方がたくさんおられたということだと思います。
本校の校風に関して、私の体験を紹介します。実は、この学校への話をもらったときに、「まずはどんな学校なのか知ることが大事」と考えて、朝、校門前の交差点に立って登校時の生徒を観察したことがありました。すると生徒たちは、気持ちのよいあいさつを交わして、丘の上の校舎を目指して元気に歩いて行くではありませんか。丘の上には、中学校・高校の校舎だけでなく、幼稚園舎、小学校舎もあります。幅広い年代の子どもたちが、丘の上に集って切磋琢磨していると考えるとワクワクしてきました。しかも、この学校にはチアリーダー部や吹奏楽部など全国レベルのクラブもあります。日本一を目指して限界に挑戦する部員の姿は、他の生徒に良い影響を与えることは、それまでの経験で知っていました。「よし、この学校の生徒たちと、もう一度、青春をしよう!」と決めたのですが、この学校の良い校風が、私をここに連れて来てくれたとも言えるのです。なぜ、このような話をするのかと言いますと、もともと本校には良い校風があり、私が「理想の学校をつくる」という信念で自己肯定感を育む教育に取り組んだという相乗効果で進学実績が上がり、その結果、志願者数も増えたと思うからです。
生徒の自己肯定感を育むために、具体的に、どのようなことをされたのですか?。
これまでの経験で、じっくりやればできるのに、急かされるためにできなくなり、できている人と比べて「自分はダメだ」と自己否定する生徒が多いと感じていました。私は、この課題を解決して、自己肯定感を育むために「深掘り学習」をしようと考えました。
「深掘り学習」とは、じっくりと学びながら、いくつもの小さなハードルを越えて、そのハードルを越えるたびにほめて伸ばす学習方法です。皆、ほめられるとやる気が湧きますから、生徒は疑問を持つと次々に自発的に質問をするようになります。
また、深掘り学習に取り組むことで自然に学びの領域が広がるため、結果として先取り学習をしていることにもなるのです。そして、「この分野をもっと学びたい」という思いが芽生え、大学進学を意識するようになり、自分の意思で勉強をし始めるのです。
深掘り学習について、もう少し詳しく教えてください。
深掘り学習では、教科書を基本にしながらも、「なぜ?」というところに目を向けて立ち止まり、教科書には載っていない部分にまで触れて自分の頭でしっかり考えていきます。寄り道になることもありますが、生徒たちに「なぜ、そうなるのか」という物事のつながりに関する興味喚起を促し、深く考えるきっかけをつくります。
たとえば英語の授業。日本人が英語を学ぶとき、つまずきがちなことにリスニングと発音があります。英語を正しく発音することができればリスニング力は確実に上がります。ですから発音指導は「それらしく言えればオッケー」ではなく、口のかたち、舌の活用方法まで、ネイティブと日本人教員が協力し、細かく指導しています。この指導の際に、できたことをほめて、やる気につなげていきます。この効果は目覚ましく、発音とリスニングに自信を持った生徒たちは「英語で会話ができるようになりたい」と思うようになり、「そのために英単語や慣用句をたくさん覚えたい」と自発的に学ぶようになります。英語に限らず、全教科でこのような学びを積み重ねていると、学ぶことが楽しくなり、大学でもっと学びたいという意欲が湧いてきます。私は、これを「学力」ではなく「学習力」と称しています。学習力は、自ら学ぶということと、学び続ける力にほかなりません。
生徒の心に、大学で勉強したいという意欲が湧いたときには、何を学びたいのかが明確になっているということですね。
その通りです。「どこの学部でもいいから、合格できる大学へ」という考えとは根本的に違います。目的がなく大学に進学し、急に「大学生なのだから自主的に学びなさい」と言われても、それは難しいでしょう。
今、苦労して入った大学を中退してしまう学生が増えていることが問題になっていますが、それは中高時代に自己肯定感がないまま、自分の意思や目標を持つことなく大学に進学している人が多いからではないでしょうか。
また、大学を卒業したとしても、自己肯定感がないまま社会に出て、その後の長い人生をどうやって生き抜くのか心配でなりません。中高時代に、小さなハードルをたくさん越えさせて、たくさんほめて、目的を持って勉強することで自己肯定感を高めることは長い人生を生き抜く力を養うことになるのです。決して大学合格実績だけを目標とする近視眼的な考えで始めたのではありません。
近年の貴校の大学合格実績を拝見すると、卒業生が関西圏だけでなく、全国の大学で学んでいることがわかりますね。
今、「大学で、風力発電について勉強したい」という生徒がいます。そこで進路指導部の教員が熱心に調べたところ、青森県の弘前大学にその研究をしている先生がいらっしゃることがわかりました。そのことを伝えたところ、その生徒は「じゃあ弘前大学に行く!」と決意して、猛勉強を始めました。そのような姿を見ていると、「全国に飛び立て!世界に行け!」と私の心も躍ります。
すでに大勢の先輩たちが目をキラキラと輝かせて、全国で学び、活躍しているわけですから、在校生も自ずとエネルギッシュになるのでしょうね。私たち教員も、全身全霊で生徒のサポートに取り組んでおり、この熱気がさらに良い校風になって生徒たちを包んでいると感じます。
毎年、訓話の時間を持っておられるとうかがっています。
毎年1回、新高1生を対象に『校長訓話』として、「自分の人生を自分でデザインしよう。自分で決めて、努力して、つかみ取ること。そのためには人との出会いを大切にしなければならないこと。だから、クラスメートが困っている時は助けてあげてほしい」と伝えます。
最初は、新高1生には難しいかもしれないと思っていましたが、皆、真剣に話を聴き、自分の言葉で感想文を書いてくれます。それに目を通すと「さすが箕面自由学園の生徒だな」と感じます。
なぜ、このような訓話をするかというと、「学校は楽しいところでなくてはいけない」と思うからです。実は、私には高校受験に失敗した経験があります。目指す高校に行けずに私立高校に進学した私は、校章を付けて校門を通るのが嫌でたまりませんでした。こんな気持ちで3年間過ごすのかと落ち込んでいた私でしたが、クラスメートに恵まれて心がほぐれ始めました。また、その学校は全国レベルの運動部があって、全校生徒が一丸となり応援する風習があることを知り、そのあたたかい校風のなかで過ごすうちに、学校が大好きになりました。すると毎日が楽しくて仕方がないのです。この学校で良かったと思えるようになるなんて、すごい発見をしたと感じました。本校にも、受験で思うような結果が出ず、この学校に来たという生徒がいますが、周囲がその生徒の心がほぐれるまで気持ちを受け止めることで、その生徒も変化します。皆、気持ちよく過ごしたいし、良くなるきっかけを探しています。本校には困っていたり、悩んでいる生徒がいたら、立ち止まって待ってあげて、手を差し伸べる優しさを持った生徒が集まっていると感じます。
田中先生が大切にしていることや、座右の銘を教えてください。
最初にお話ししたように、職業会計人から教員へと方向転換をするなど、寄り道をしてきましたが、寄り道をしたおかげでいろいろな人と出会えて、さまざまな経験を積むことができたのです。寄り道は時間のムダではなく、視野を広げ、人生を充実させてくれるものなのです。
先ほど、深掘り学習の話をしましたが、このような授業ができる教員は、寄り道を楽しみ、そこから学んできた人たちなのです。
座右の銘は「一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に、ただ折り合いをつけてしまい、あるべき姿のために戦わないことだ」(「ドン・キホーテ」/セルバンテス作より)です。これからも、教育のあるべき姿、学校のあるべき姿、教員のあるべき姿などに思いをめぐらせ、安易に折り合いをつけることなく、妥協せず、より良い学校を目指し工夫をして、魅力づくりと発信に取り組んでいきます。