国内で唯一校名に「鉄道」を冠する昭和鉄道高等学校。鉄道業界をはじめとする就職や大学進学など、一人ひとりの進路希望に実践的な教育で応える同校には、北は北海道、南は沖縄まで、全国から生徒が集まってきます。今回、一人暮らしをしながら昭和鉄道高等学校に通う4人にお話を聞きました。
国内で唯一校名に「鉄道」を冠する昭和鉄道高等学校。鉄道業界をはじめとする就職や大学進学など、一人ひとりの進路希望に実践的な教育で応える同校には、北は北海道、南は沖縄まで、全国から生徒が集まってきます。今回、一人暮らしをしながら昭和鉄道高等学校に通う4人にお話を聞きました。
Oさん(高1)私の実家は群馬県で、「上信電鉄」がのどかな田園風景のなかを静かに走っています。その姿を幼い頃から眺めるのが好きでした。また、実家は高崎市内なので東京に近く、これまで何回も両親や親戚と都内を訪れていたので、小学生の頃には昭和鉄道高等学校の存在を知って憧れていました。
「この学校で鉄道のことを学んでみたい」と本気で考え始めたのは、中2の時でした。中3になって両親に相談すると、最初は「考え直したらどうか」と言われました。高校から一人暮らしをさせることに不安があったのだと思います。そこで私は中学で真剣に勉強したことを両親に伝え、昭和鉄道に入ったら、これまで以上に勉強に力を注ぐことを約束して進学を認めてもらいました。両親は今、私の一人暮らしを温かく見守ってくれています。
私が下宿している学生専用マンションは、昭和鉄道高校で個別相談をした際にいただいた資料をもとにインターネットでアクセスや家賃を調べ、「ここなら快適に暮らせそう」と思って決めました。昭和鉄道高等学校と提携していて、最寄り駅の東武東上線「上板橋駅」から学校までは約30分です。このインタビューに参加しているTさんとNさんもこのマンションに住んでいます。
一人暮らしをするにあたり、もちろん不安はありました。学生専用マンションに関して、私は同じ一つの部屋でほかの人たちと団体生活を送り、お風呂も大勢の人たちと一緒に入浴するイメージを抱いていたのです。しかし、部屋は家具・家電付きの個室で、シャワーも備わっていました。しかも、年末年始やお盆以外は日曜・祝日を含めて毎日、食堂で朝食と夕食が食べられます。おいしくて量も多いので、毎日楽しみにしています。
もうひとつの不安は、朝が弱く、いつも母に起こされていたので、一人で起きられるか自信がなかったことです。でも、入学してから半年以上が経った今、少しだけ慣れて自分で早起きできるようになりました。
掃除に関しては、休日など時間がある時に片付けたり、床を拭いたりしていますが、洗濯物をためてしまうため、館内にあるコインランドリーと乾燥機を使い、休日にまとめて洗濯しています。中間・期末のテスト期間は母が上京して洗濯をしてくれるので勉強に専念でき、親のありがたみが身にしみています。
入学する前はキラキラした一人暮らしを思い描いていましたが、高1のはじめは両親や地元の友達に会えない寂しさで泣いてばかりいました。帰省して家族の手料理を食べるたびに、うれしくて涙がこぼれます。そんな自分を、学校で出会った多くの友人が支えてくれています。クラスメイトの一人が同じ学生専用マンションに住んでいて、すぐに仲良くなれました。他校の生徒や大学生もここで一人暮らしをしているので、親しくしてもらっています。冬休みには地元の友人がここに泊まりにくる予定なので、今から楽しみです。
上京してよかったと思えることは、行動範囲が大きく広がったことです。池袋へ買い物に出かけたり、以前から興味のあった観光名所を気軽に訪れたりできます。応援していたアーティストの日本武道館コンサートにも行くことができました。
学校生活も充実しています。部活動は写真部に入り、きれいな景色や雲の写真を撮りに出かけています。また、図書館の蔵書が充実していて、何度も利用しています。図書館内の学習コーナーには丸ノ内線の大きな車両が展示されていて、それを眺めながら勉強できる席もあるんですよ。
目標は、大好きなこの学校で勉強や部活動に励み、大学に進学することです。大学では工学を専攻し、卒業後は鉄道に関係する仕事に就きたいと思っています。
Tさん(高2)私は福島県から上京しました。幼い頃から鉄道を見るのも乗るのも大好きで、なかでも常磐線や東北本線が気に入っています。中3の時、「趣味を進路に活かせないかな」と調べていたところ、昭和鉄道高等学校の存在を知り、上京して体験入学に参加しました。
実際に訪れてみると、学校の雰囲気はもちろん、設備も素晴らしく、両親もここで学ぶことを認めてくれたので受験しました。今、私はOくんやNさんも生活している学生専用マンションから通学しています。
一人暮らしをするうえで不安だったことは、食事や掃除、洗濯に関することです。当初、学生専用マンションについて詳細を知らなかったので、「自炊は必至」と思っていました。しかし、私たちが生活している学生専用マンションはほぼ毎日、食堂でおいしい朝食と夕食が食べられると聞いて安心しました。食事で楽しみにしていることは、土曜日の夕食メニューがカレーライスになること。ご飯を好きなだけ盛り付けて、おなかがいっぱいになるまで食べています(笑)。
学校での昼食は、主にコンビニで買ったものを食べています。お母さんの愛情が詰まった手作り弁当を、おいしそうに食べている自宅通学のクラスメイトを見ると、うらやましくなります。そのため、福島の実家に月1回ほど帰るたびに、今日まで育ててくれた両親への感謝の気持ちがあふれ、母の手料理が食べられることの幸せをかみしめています。
気を抜くと、すぐに部屋が汚れてしまうので、定期的に掃除をするように心がけています。毎月第2土曜は学校が休みなので、その日に大掃除をし、洗濯に関してはマンションにあるコインランドリーを活用し、屋上の物干場で衣類を干しています。
友達には「一人暮らしはいいなー」と言われますが、「3日でホームシックになるよ」と答えています(笑)。そんな寂しさを癒やしてくれるのが、東京の街の美しさです。高層ビルを眺めたり、最上階の展望台から街を見下ろしたりすることが、上京してからますます好きになりました。福島では体験できないことです。なかでも新橋にある「カレッタ汐留」や「恵比寿ガーデンプレイス」の展望台が気に入っています。また、東京タワーが眺められるレインボーブリッジの遊歩道も好きで、橋の向こう側へ歩いて渡り、帰りは「ゆりかもめ」に乗って戻ると最高の気分になれます。
上京してから1年半が経ち、一人暮らしにもすっかり慣れました。将来の目標は、「東京メトロの運転士になること」。東京メトロの地下鉄は、日本の首都・東京を網の目のように走り、人々の暮らしや仕事を支えています。その運転士になれたら、大きな誇りとやりがいを感じられるはずです。
Hさん(高3)私は鹿児島県から上京してきました。幼稚園の頃から抱いていた「電車の運転士になる」という夢を叶えるためです。昭和鉄道高等学校の存在は小4の時、鉄道雑誌に紹介された施設・設備の記事を読んで知りました。
中3の4月、私が志望校のひとつに昭和鉄道高等学校を考えていることを両親が知り、「1学期の成績を見てから決めよう」ということになりました。両親はともに教員だったので、成績には厳しかったのです。その後、中間・期末テストでの頑張りを見て、上京を許してくれました。
中3の7月には学校見学に訪れ、その後受験をして合格し、一人暮らしをすることになりました。下宿先に選んだのは、西東京市にある学生専用マンションです。このマンションも昭和鉄道高等学校と提携し、大学生も下宿しています。最寄り駅である西武新宿線の「東伏見駅」から学校までは約50分です。先生に紹介していただき、ここに決めました。
このマンションに住み始めた頃、昭和鉄道高等学校に誰一人知り合いはいませんでした。しかし、入学して私と同じように遠隔地からの入学者が意外に多いことがわかり、その生徒たちとすぐに打ち解けられました。そこからどんどんと輪が広がり、今に至ります。
部屋の広さやレイアウトは、Oくんたちが住んでいる上板橋の学生専用マンションとほとんど変わらないと思います。違う点は、ユニットバスが備わっていることです。食事もおいしく、土曜日にカレーなどのお楽しみメニューが味わえます。
マンションでは休日に食事が出ないので、自炊に挑戦しました。自炊によって栄養バランスを気にしながら料理できるようになり、われながら「成長したな」と感じています。学校の昼食には、自分でおにぎりを作って持って行くようにしています。
毎朝フローリングをきれいにして、ちょっとしたほこりもふき取るなど、掃除はこまめにしています。館内にはコインランドリーや乾燥機が完備されているので、とても快適です。
一人暮らしでは、今まで両親がしてくれた掃除や洗濯、買い物などを、誰の助けも借りずにすることになります。両親から渡されたお金も節約して使わなければなりません。しかし、こうした困難を乗り越えることで、自立心や問題解決能力を養うことができたと感じています。この経験は社会人になった時、大いに役立つはずです。一人暮らしをしている昭和鉄道高等学校の後輩たちにも、そんな意識を持ちながら生活を送ってほしいと思っています。
鹿児島から上京後、昭和鉄道高等学校に入学して最も正解だったと思えるのは、ほかの学校では知ることができなかったであろう鉄道員としての働き方をはっきりと認識できたことです。こうして鉄道員という仕事を“漠然とした夢”から“より明確な目標”へシフトチェンジできたのは、鉄道企業をはじめとする多方面への就職に精通したこの学校のおかげです。
鹿児島には「指宿のたまて箱」という観光列車があります。浦島太郎が玉手箱を開けると白い煙が出てきたように、ドアが開くと車体からミストが噴射されるのです。私は幼稚園の頃、文集にこの「指宿のたまて箱」の運転士になりたいと書いていました。内定をいただけた時、その夢を現実のものにできるチャンスを得たと確信し、非常にうれしく感じました。その感動はこれからも忘れることはありません。
先生方に感謝していることは、面接練習の場を多く設けてくださるなど、手厚いサポートをしていただいたことです。また、同じ目標に向けて切磋琢磨した友人たちにも「ありがとう」と伝えたいと思います。放課後には友達同士で何度も面接の練習をしました。思いも寄らない角度からの質問を投げ合い、それに答えられるかトレーニングを重ねたのです。
先生方や友人のおかげで、掃除や洗濯などの家事と就職活動を両立させることができ、就職試験の面接に自信をもって臨めました。この自信は高1の時から親元を離れて生活してきたという体験から生まれたものであったのかもしれないと今は思っています。
このように一人暮らしで得たこと、昭和鉄道高等学校で学んだことを糧にして、「JR九州」での業務に励み、生まれ育った九州に恩返しをしたいと思っています。
これを読んでいる中学生の皆さん、私たちと同じように幼い頃から鉄道業界で活躍したいという夢があるのなら、たとえ遠く離れた場所に住んでいても、ご両親の理解と協力を得て、昭和鉄道高等学校で学んでほしいと思います。その夢を叶えた時には、必ずご両親に喜んでもらえるはずです。
Nさん(高3)入学前の私は一人暮らしに不安を抱いていました。特に掃除や洗濯に関することです。これまで親がしてくれたことを、全て一人でこなさなければなりません。しかし、「将来、社会人になるための練習だ」と自分に言い聞かせ、こまめに掃除をし、コインランドリーと乾燥機を使って洗濯物をためないようにしました。夏休みなどの長期休暇は帰省しましたが、実家から東京に戻る時は、さびしい思いに駆られたものです。
一人暮らしを始めた頃は、両親が離れた場所にいるため、自分の気持を伝えたり、悩みを相談したりできない心細さを抱えていました。しかし、母が月に1回東京に来て、部屋の大掃除をしてくれたのです。そのたびに母は私の話にしっかりと耳を傾けてくれたため、心細さや不安は解消されました。
昼食は自分で用意します。今はスマートフォンでお弁当が注文できるサービスを利用していますが、入学当初はコンビニでおにぎりなどを買っていました。そのうち友人のお母さんが私の分もお弁当を作ってくれるようになり、それを食べていました。その友人やお母さんには、感謝してもしきれません。
このマンションで2年半ほど生活しながら勉強や生徒会活動に励み、第一志望だった「JR東日本新潟支社」から内定をいただきました。駅乗務員での採用なので、「みどりの窓口」の担当や、車掌、運転士といった業務に就くことになります。
就職希望先を決める直前まで、首都圏で働くか、新潟に帰って働くか、とても迷っていました。両親も最初は「新潟に戻ってきてほしい」と言っていましたが、最終的には「自分が一番働きたいところを受けなさい」と背中を押してくれたのです。改めて何がしたいかを考えた時、私は地元の新潟がとても好きで、新潟に貢献できる仕事がしたいという思いが強いことに気づき、「JR東日本新潟支社」を受験することにしました。
入社試験の面接では極度に緊張してしまい、「これは不採用に違いない」と思い、帰り道ではとても落ち込んでいました。それだけに内定の知らせを聞いた時は、これまでの一人暮らしや学校生活が思い起こされ、教室で泣いてしまいました。すぐ両親に電話をかけて内定を知らせると、大喜びしてくれました。
両親には感謝の気持ちでいっぱいです。また、何度も面接の練習をしてくださった先生方、高1から高3までの3年間、担任を務めてくださった先生にも感謝しています。担任の先生は、私の内定を自分のことのように喜んでくださいました。一番感謝したいのは、いつも志望動機の作成や面接練習をともにしてくれた友人です。お互い本音をぶつけ合い、時に言い合いになったことも今では良い思い出です。みんながいたから内定をいただけたといっても過言ではありません。本当に感謝しています。
これまで一人暮らしをするなかで、大変な苦労があった代わりに、たくさんの経験や知識を獲得できました。学校で得られる経験や知識だけではありません。「これから社会人になるのだ」という自覚を、一人暮らしをすることでより早い時期からもてるようになれたのです。また、洗濯や掃除はもちろん、両親から月ごとに渡されるお金をどのようにやり繰りすればよいかといった生活術も身につきました。
本校に入学するため、本校で夢をかなえるために始めた一人暮らしですが、今となっては一人暮らし自体を経験できてよかったと思っています。もちろん一人暮らしとは言いつつ、両親や先生方、友人の協力があってこそ、やり遂げられることです。この経験を活かして、社会人として揺るぎない自覚をもち、地元新潟のみならず、鉄道を利用される全ての方々に貢献できる仕事をしていきたいと思います。
昭和鉄道高等学校のオープンスクールに来てくれた中学生の皆さんに、私がよくするお話があります。車掌や運転士になりたいのか、沿線の会社に入りたいのか、自分がこだわりをもつ会社に入りたいのか、その地域で働きたいのか……など。将来就きたい職種や入社したい会社に関して、自分自身で決めた条件があると思います。
その条件によって、ヒットする会社は大きく変わってきます。例えば、今は「自宅の最寄りの鉄道会社に行きたい」と思っていても、実際に自己分析や企業研究をしていくと、やがて自分のやりたいことが明確になっていきます。こうして目標が定まるのです。これは鉄道会社に限らず、今この記事を読んでいて、高校選びに迷っている全ての受験生にあてはまることだと思います。ですから、自分は将来何をしたいのか、どんな人になりたいのかを、もう一度改めて考えてみてください。自ずと進路が見えてくると思います。
この記事を読んでいる皆さんにはぜひ、自分のやりたいことをやってほしいと思います。私のように「一人暮らしをしたい」とご両親に告げるには、ためらいがあるかもしれません。しかし、素直に「なぜ一人暮らしをしてまでその高校に通いたいのか」をしっかりと伝えれば、きっとご両親も協力してくれると思います。また、本校には私たちだけではなく、多くの生徒が一人暮らしや遠距離通学をしています。不安なこともあるとは思いますが、入学した際には気軽に相談してください。
管理栄養士さんが作る、栄養バランスのとれたおいしい夕食を囲んで。
ボリューム満点。ご飯とお味噌汁はおかわり自由です。
さわやかな笑顔を見せてくれた4人。内定が決まった先輩に刺激を受けて、後輩2人も先輩の後に続くべく、充実した生活を送っています。
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