Profile
高井宏章 校長
1972年、愛知県出身。名古屋大学法学部政治学科卒業後、日本経済新聞社入社、ロンドン駐在員、編集委員を経て2023年6月退職。同年7月にYouTubeチャンネル「高井宏章のおカネの教室」を開設。また、経済コラムニストとして多くの支持を得るほか、一般社団法人日本金融教育推進協会理事としても活躍。2025年春、同校の第6代校長に就任。同校初の民間人校長となる。
愛用のバイクで通勤する高井先生
1972年、愛知県出身。名古屋大学法学部政治学科卒業後、日本経済新聞社入社、ロンドン駐在員、編集委員を経て2023年6月退職。同年7月にYouTubeチャンネル「高井宏章のおカネの教室」を開設。また、経済コラムニストとして多くの支持を得るほか、一般社団法人日本金融教育推進協会理事としても活躍。2025年春、同校の第6代校長に就任。同校初の民間人校長となる。
愛用のバイクで通勤する高井先生
私が23年間務めた日本経済新聞社を辞めた頃の話です。ある方々と3人で食事をしていました。1人は「ほぼ日」代表取締役社長の糸井重里さん、もう1人は私の友人です。その時、糸井さんが突然「高井さんのやっていることは、結局全て教育に関することだよね」とおっしゃったのです。その言葉を聞いた私は「そんなふうに考えたことはないですね」と答えました。すると私の友人も、糸井さんの意見に同意したのです。
思い起こせば私が新聞記事を書いたり、書籍を執筆したり、YouTubeを配信したりしていた背景には、「若い世代に何かを伝えたい」という気持ちが確かにありました。また、私には娘が3人いて、子育てを含めて教育に関心があり、教育に関する企業の理事も務めていました。そんな自分の教育に対する思いに気づき始めた頃、「校長にならないか」と依頼を受けたのです。「教育現場に飛び込んでみたい」という好奇心も手伝い、お引き受けしました。
校長としての目標は、「入学してよかったと思える学校」「安心して通える学校」「何かに思い切り打ち込める学校」「在学中に成長できたと実感できる学校」「入学時の偏差値が卒業時に大きく伸びている学校」にすることです。そのために本校を“面白い学校”にしたいと考えています。とはいっても、校長の私が学校を面白くするのではありません。私の知らないところで、生徒が面白い学校にしてくれることを大いに期待しています。
「面白い」というのは“面白がれる”つまり“面白いと思える”こと。真面目に勉強している生徒よりも、「この教科は面白い!」と感じて学んでいる生徒のほうが意欲的で成績が伸びるはずです。また、勉強が面白いと思えるような学校なら、安心して通えるはずです。ですからどんなことも“面白がれる”人間が強く生きられると確信しています。
最近耳にする言葉に、「レジリエンス(resilience)」があります。さまざまな日本語訳はありますが、その意味を「しぶとさ」や「生き抜く力」に近いと捉えています。私はこの言葉が気に入っており、何度も使っています。「面白がれる」ことができれば、知的好奇心をもって何事にも積極的にチャレンジできます。「レジリエンス」を生み出すのです。そのため生きていくうえで大切なのは、学力といった認知能力だけでなく、「面白がれる」ことだと私は考えています。
例えば「生物」という教科なら、試験の出題範囲だから学ぶのではなく、「生き物の体はどうしてこういう仕組みになっているのか」を知りたくて学ぶほうが心は弾みます。そして答えを導き出した時には大きな感動も得られるでしょう。その感動は揺るぎない知識となって蓄積されていくはずです。こうしてあらゆることに面白がって取り組めば、大きな強みになるのです。
今は「一生学び続ける」ことの重要性が説かれています。この「一生学び続ける」という言葉には、「大変なことだけれど、いつまでも学ばなければならない」というニュアンスが多少含まれている気がします。この言葉を聞くと「ゴールはないけれど、そのゴールをめざして走れ」というようなイメージを抱いてしまいがちです。無理をしなくても、楽しみながら一生学び続けられるのが最も良いことだと思うからです。
例えば、私の趣味はビリヤードで、どうすれば最高レベルまで上達できるか真剣に日々研究を重ねています。ただ面白いから技術を磨いているだけであって、世界チャンピオンをめざしているわけではないのです。
スポーツも同じで、面白いと思って取り組むからこそ、長く続けられるのです。本校の生徒には、こうしたマインドセットをもてる人間に育ってほしいと思っています。そのために「好きなこと」「夢中になれること」「これだけは負けない」というものを高校3年間で見つけられる学校にしたいと考えています。勉強やスポーツでなくてもかまいません。ゲームや漫画でもよいのです。このように夢中になれるものに出会えることこそが、人間が幸せになるうえで非常に大切だと考えています。
もう一つ幸せになるうえで重要なものは、「食える人間」になることです。そこで「食える生徒」を育てることも教育目標であると生徒に伝えています。「暮らしを立てられる」「きちんと生活できる」という意味での「食える」です。少々乱暴な言葉ですが、私はあえて使っています。
最近の若い人たちを見ていると、その多くが私の若い頃には考えられないほど利他的な考え方をしています。社会に貢献できる、誰かの役に立てる職業に就きたいという中高生や大学生が増えているのです。もちろん、こうした利他の心をもつのは素晴らしいことです。しかし、その前に自分が「食える」ようになる必要があります。そうなって初めて、家庭をもてば家族を、起業すれば社員を「食わせる」ことができるようになるからです。誰かを支援したい場合も同じです。
「食える」ようになるというのは、社会のなかに居場所を見つけることにもつながります。経済的な余裕があれば、仕事にも趣味にも思う存分打ち込めます。ほかの誰かを「食わせる」こと、そして喜んでもらうことが生きがいにもなります。そのための仕事に面白く取り組めるはずです。本校の生徒には常に「面白がる」気持ちを抱いて、幸せな人生を歩んでほしいと思っています。
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