日本最古の“鉄道学校”として明治時代に発足した岩倉高等学校は、2014年より共学化した『運輸科』と『普通科』の2科制です。これまで100年を超える長い歴史を通して、さまざまな分野で活躍する人材を数多く輩出してきました。そんな人材の宝庫から今春、憧れの鉄道運輸業界へと歩みを進めた卒業生6名に集まってもらいました。
日本最古の“鉄道学校”として明治時代に発足した岩倉高等学校は、2014年より共学化した『運輸科』と『普通科』の2科制です。これまで100年を超える長い歴史を通して、さまざまな分野で活躍する人材を数多く輩出してきました。そんな人材の宝庫から今春、憧れの鉄道運輸業界へと歩みを進めた卒業生6名に集まってもらいました。
二瓶さん幼い頃から鉄道が好きで、将来は鉄道関係に就職したいとずっと思っていました。大学から就職するケースもありますが、自分の人生をなるべく早く決めたかったことも、鉄道学校として歴史の長い岩倉を選んだ理由の一つです。高校選びはけっこう悩みましたが、ダンスをやっていたので「ダンス部」があったのも岩倉に絞った理由です。友人のお兄さんが岩倉出身で、学校生活の話もよく聞いていました。
小倉さん子どもの頃から鉄道会社で働きたいと思っていました。静岡出身ですが、どうしてもその夢をかなえたかった私は、東京に“岩倉”という学校があることを探し出し、ここなら自分の夢をかなえることができると考えました。姉がちょうど東京で大学生活をするタイミングで上京しました。
福原さん鉄道業界で働きたいとずっと思っていました。運輸科には大学に進学している卒業生もいることを知り、高校に入ってからじっくりと進路について考えるのもいいかと思いました。結果として一番の目標だった鉄道会社に就職することができました。鉄道について専門的に学べる時間がたくさんあった岩倉を選んで正解だったと思っています。
堀口さん幼い頃から鉄道員に憧れがあり、将来は鉄道会社に就職したいと思っていました。地元の工業高校も選択肢の一つでしたが、岩倉の学校説明会と比較した時、岩倉で過ごす3年間のほうが楽しそうだと感じて選びました。
岩尾さん小さい頃から“鉄道”に触れて育ってきました。中3で高校選びをする際、自分は何がやりたいのか悩みました。そんなある日、岩倉出身のユーチューバーの動画を偶然見て、興味をもったのが岩倉との出合いでした。そこから鉄道会社で働くことが将来の目標になりました。
入江さん父が岩倉の卒業生です。そんな父を見ながら私も将来、鉄道会社で働きたいと思って育ちました。私が思い描くキャリアデザインを父に相談すると、「それなら岩倉がいい」と勧めてくれました。普通科から鉄道運輸業界に進む人は、運輸科に比べると少ないかもしれませんが、そういう選択をする人も伝統的にいると父から聞き、父の母校でもあり身近な感じがする岩倉を選びました。
二瓶さん運輸科には同じ夢をもった人が集まっているので、心配事も似てきます(笑)。逆にいうと当事者がたくさんいるので、お互いの存在が大きな励みになりました。部活動は「ダンス部」で、文化祭や生徒会主催のクリスマスライブではパフォーマンスを披露していました。部活動は高3の6月に引退するのが一般的ですが、部長として結果を残せなかったのが心残りだったので、最後の大会で2位を勝ち取ってから8月に引退しました。
小倉さんとにかく元気なクラスでした。学校に行くのがちょっときついと思っても、頑張って学校に行くと元気がもらえました。運輸科なので鉄道会社への就職を考えている仲間が中心でしたが、一人ひとりいろいろな趣味をもっていて、それもまた面白かったです。部活動は「ギター同好会」に所属していました。同好会には普通科の生徒も数多く在籍していて、校内で定期的にライブを開催したこともいい思い出です。
福原さん「鉄道業界で働きたい」という仲間ばかりなので、休み時間でも就職の話で盛り上がったり、友達同士で面接の練習をしたりするなど、バツグンにチームワークの取れたクラスでした。部活動は「鉄道研究部」です。鉄道路線にとにかく詳しい人がいたり、鉄道写真専門の“撮り鉄”がいたり、なかには“音鉄”もいました。70名前後の部員が所属していて、岩倉で1、2を争う大所帯です。
堀口さんみんな「鉄道が好き」という共通点があるので、まとまりのあるクラスでした。なかでも鉄道写真を撮って見せ合っている人は多かったと思います。「運輸科」といっても普段の授業はとても活発で楽しく、勉強に対するモチベーションも高かったです。私は「鉄道模型部」に所属していました。
岩尾さん基本的に「運輸科」には“鉄道好き”が集まってきますが、バス、飛行機、船など鉄道以外の乗り物にも詳しい人がけっこういました。住んでいる地域も趣味も違うので、いろいろな情報が飛び交うにぎやかなクラスでもありました。部活動は「鉄道模型部」で、「鉄道研究部」と二大勢力の大所帯です。
入江さん「普通科」は「運輸科」に比べて女子が多く、私が在籍していたクラスも男女比は約半々です。私は3年間生徒会の会計役員として活動していました。岩倉は“生徒に開かれた学校”でもあり、校則変更の会議の場にも生徒会が参加するなど、生徒の意見を先生方がしっかり聞いてくださいました。夏は女子の靴下が長いと暑いので、期間を定めて短い靴下の着用が認められたこともありました。
二瓶さんもともとは駅員や運転士になりたいと思っていました。そんな私の心が「技術職もいいかな」と変化したのは、岩倉でさまざまな鉄道科目を学んだからです。鉄道業界は当初考えていたよりも広く、それだけに魅力もたくさんあります。最終的に技術職を選択した私に対して、先生方も柔軟に対応してくださいました。とても感謝しています。
小倉さん“静岡育ち”ということもあり、いつも東海道新幹線を見て乗って育ちました。なので、東海旅客鉄道株式会社(JR東海)に入りたいという気持ちは、絶対に東海道新幹線の乗務員になるという夢と一緒なのです。就職試験は筆記と面接のほか、グループディスカッションもありましたが、高3の7月の終わり頃から一人の先生がつきっきりで私を見てくださり、多面的な角度から支えていただきました。
福原さん在校中に一度、東武鉄道の方々が岩倉に来校され、鉄道のダイヤグラムについて学ぶ特別授業をしてくれたことがありました。その際、社員の皆さんの雰囲気が自分に合っていたというのが第1点です。もう一つは、実家が東武鉄道の沿線にあることです。大好きな鉄道を通して、地元に貢献したいと願う私にぴったりの会社でした。
堀口さん地元が京成電鉄の沿線で、物心ついた頃からユーザーとして利用していたので、京成の運転士さんや車掌さんは私の憧れでした。先生方の面接練習のほか、実際に鉄道会社で働いている卒業生の方々から貴重なアドバイスをいただく機会も多くあり、そのつど悩み事や不安を解消することができました。
岩尾さん地元が埼玉県川口市で、埼玉高速鉄道とつながる東京メトロ(東京地下鉄株式会社)南北線を毎日利用してきました。大きな決め手となったのは、高2の「鉄道実習」でした。実際に鉄道会社を訪問し、インターンとして3日間、駅で実習をするなかで、自分にとって好印象だったのが東京メトロの関係者の方々です。就職試験にあたりとても役立ったのが、岩倉の卒業生か残していった数々の就職活動の記録でした。伝統校でもある“岩倉の強み”だと思いました。
入江さん私の地元はJR東日本(東日本旅客鉄道株式会社)の沿線です。やはり親しみのあるJR東日本で働きたいとの想いは日に日に強くなっていきました。その夢が現実となり、合格を報告した日の父のうれしそうな顔は忘れられません。父はJR東日本のグループ会社の社員です。「普通科」からの鉄道会社への就職は、カリキュラムの面からも少しイレギュラーなものでしたが、先生方はわざわざ放課後に面接練習を設定してくださり、夏休みに『SPI』という適性検査を受けることも勧めてくれました。一番行きたかった会社の就職を勝ち取った今、岩倉の先生方の手厚いサポートに感謝しています。
二瓶さん私は主にJR東日本と首都圏を走る私鉄の車両を製造する仕事に就きます。乗客が安心して乗車できる車両を、心を込めて造っていきたいです。
小倉さん春から研修が始まり「駅係員」になります。今までは“お客様”という立場でしたが、これからは「お客様を支えていく」ということで、身を引き締めて頑張っていきます。それともう一つ、新幹線の乗務員になる夢は、これからももち続けます。
福原さん4月から「駅係員」として働きますが、自分の憧れていた会社に入ることができたので、ここからが本当のスタートだと思っています。今後も自分の夢である乗務員をめざして学び続けていきます。
堀口さん「駅係員」として社会人人生が始まります。かつての自分は“憧れる側”にいましたが、これからは“憧れられる側”の人間として、しっかりと職責を果たしていきたいです。
岩尾さん最初は乗務員に憧れていましたが、岩倉の鉄道実習を通して「駅係員」にも魅力を感じるようになりました。まずは周囲から信頼される「駅係員」として活躍していきたいです。
入江さんまずは「駅係員」として経験を積みながら、いずれは新幹線を運転してみたいと思っています。
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