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玉川聖学院高等部

〒158-0083
東京都世田谷区奥沢7-11-22

TEL:03-3702-4141

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2年ぶりに開催できた体育祭
玉聖の伝統をつなげました

今まで受け継がれてきた
体育祭の文化を途絶えさせない

「何もかもが初めての体育祭を開催するまでのプロセスは、とても貴重な体験でした」と庵原輝美先生。 「何もかもが初めての体育祭を開催するまでのプロセスは、とても貴重な体験でした」と庵原輝美先生。

 4月27日、代々木第一体育館で玉川聖学院の体育祭が行われました。外部の施設を使っての体育祭は3年ぶりでした。2年前、コロナの影響で入学式ができずリモート授業が始まった当時の1年生が3年生となり、体育祭実行委員を務めました。

 玉川聖学院の体育祭は、毎年4月に行われます。中等部と高等部の1年生にとっては、入学してすぐに体験する大きな行事です。

「新1年生にとっては、体育祭を運営する実行委員の姿はまぶしいものです。とくに最後の体育祭を迎える高校3年生が全員で踊るダンスは、新1年生の憧れと共に心に刻まれます」(保健体育科/庵原輝美先生)

 ところが2年前、コロナ禍の影響で体育祭は中止になりました。高3生は半年間かけてダンスの振り付けを考え、練習もしてきました。何とか発表の機会を設けてあげたいということで、高3生のダンスだけは実施。当時は休校中だったので、各家庭から衣装を着てダンスを踊る様子を同時中継し、スマートボードなどの5つの画面に全員分を映し出しました。休校中のため鑑賞できたのは先生方だけです。

 昨年度の体育祭は駒沢体育館での開催を予定していましたが、予定日の数日前に東京都の公共施設が使用中止となり、体育祭も中止せざるを得ない状況になりました。

「すでに前年の体育祭が中止になり、体育祭実行委員も体育祭を経験できていません。今まで受け継がれてきた体育祭の文化を途絶えさせてはいけないと、急きょ、学校の体育館での開催となりました」(庵原先生)

 公共の体育館と学校内の体育館では規模も準備も違います。体育祭実行委員は不安を抱えながらも体育祭に臨みました。感染症対策のために競技も高3のダンスも無観客、生徒たちは教室やホールで同時中継を見ながら静かに応援しました。

 そして今年、やっと外部で開催できた体育祭は、実行委員にとって何もかも初めての体験でした。体育祭実行委員は約100名。その中に審判係や用具係などさまざまな役割があり、20名ほどの総務が束ねています。

 実行委員長は高3生、副委員長は高3生と高2生の3人で務めます。今年の実行委員長は玉川聖学院中等部で体育祭を経験した高3生、副委員長は高校から玉川聖学院に入学し、「スポーツが好きだから、体育祭実行委員をやってみたい!」と手を挙げた高3生です。

 大変なこともたくさんあったけれど、全員が最後まで諦めなかった体育祭について、実行委員長と副委員長が振り返ってくれました。

委員長に聞きました

誰も経験したことのない体育祭
コロナ禍があったからこそ成長できました

委員長は選手宣誓を務めました。 委員長は選手宣誓を務めました。

 私は中等部のときに体育祭実行員の先輩たちの姿に憧れて、自分も体育祭に関わりたいと思って立候補しました。最初はなかなか勇気が出なかったけれど、友達が背中を推してくれました。

 長を務めた経験がない私にとって、何もかも初めての体育祭はとても不安でした。昨年度は学校内での開催だったので、代々木第一体育館という大きな会場で何を準備すればいいのか、どのように行動すればいいのかもわかりません。しかも感染症対策として声を出してはいけない、座席は間隔をあけて座る、競技中もマスクを外さないなど、今までにないルールもあります。

 それでも仲間の存在はとても心強いものでした。中等部時代の体育祭は自分が参加する競技のことだけを考えていましたが、仲間と一緒に体育祭をつくりあげていく過程は、自分自身を成長させてくれました。

 今年の体育祭はリモート配信をしてほしいという声もありましたが、どうしてもリアルを体験していただきたくて、各家庭にも「ぜひ、見に来てください」とお願いしました。おじいちゃんやおばあちゃんも足を運んでくれました。代々木第一体育館の客席はとても広いはずなのに、たくさんのお客さまで埋まり、最終的には900人以上が見に来てくださったそうです。

 母も初めて体育祭を見に来てくれ、「高3のダンスにも感激したけれど、どの競技も誰一人として諦めない姿に一番感動した。徒競走でビリになってしまっても、最後まで全力で走っていたね。違うチームの人もみんなが応援していた。本当に来て良かった」と言ってくれました。

 高3最後の宿泊行事として、高校3年間を振り返る「修養会」があります。そのとき私は体育祭を成功させることができた感激を語りたいと思います。私たちはほかの学年の人が体験できないような貴重な体験をしましたが、もしもこれから休校や行事が中止になっても、そのときどうしたらいいか、後輩にアドバイスできると思います。

副委員長に聞きました

何もわからないところから
リーダーシップを取った経験は
きっと将来の夢につながっています

副委員長は体育祭開会宣言を行いました。 副委員長は体育祭開会宣言を行いました。

 私たちは高等部に入学してすぐ休校になり、もちろん体育祭も中止になって、まずは「友達ができるだろうか?」という不安を抱えた高校生活のスタートでした。

 学校が再開してからは、スポーツ好きな私は体育祭を全力でやりたいと思い、体育祭実行委員に立候補しました。ソフトボール部の先輩からは、「体育祭では騎馬戦をやるんだよ」と聞いていたので、楽しみで仕方ありませんでした。でもコロナ禍で騎馬戦はできず、がっかりしたのを覚えています。

 高校から玉川聖学院に入学した私にとって、高校3年生の伝統的なダンスは未知の世界でした。初めて見た高3生のダンスは『幸せの帽子』というタイトルで、先輩たちは帽子と紫色のスカートを身につけていました。「私たちも高3で踊れるのだろうか?」という不安もありつつ、ダンス委員が中心となって高2の秋から準備が始まりました。私たちのテーマは『さくらのはなびら』です。衣装も曲も振り付けもダンス委員が中心となって創りあげるオリジナルのダンスです。

 高3全員が踊るので、なかには身体表現が不得意な人もいます。私は子どもの頃にバレエを経験しているのですが、それでも最初の頃、振り付けを覚えるのは難しいものでした。クラスごとに違うフォーメーションを練習して、全体であわせてみると修正箇所も出てきます。5クラスが一緒に踊るダンスを成功させるのは大変だと思いましたが、お互いに教え合いながら練習を重ねて、みんなだんだんと上達していきました。

 不安なことはたくさんあったけれど、委員会の副委員長を務めた経験は得難いものでした。私は将来、保育士をめざしています。何もわからないところからスタートして、リーダーシップをとって何かを創りあげる経験は、きっと保育士としての将来にも役立つと思います。

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