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私立中高進学通信

2024年4月号特集

創立100周年以上の伝統校

日本大学豊山中学校

豊山の名の下に集いし者は
151年目の春も大らかに

広報主任/田中正勝先生広報主任/田中正勝先生

 真言宗豊山派の子弟養成を目的に開校した旧制豊山中学校は、その後一般学生も受け入れるようになり大きく発展していきました。しかし、敗戦とその後の社会情勢の激動により学校経営が困難となり、日本大学付属校としての道を歩むことになったのです。その際、条件であった「豊山」の名を残すことが認められ、現在の校名となりました。以来、日本大学が設置する学校として72年、真言宗豊山派設立の旧制豊山中学校から数えて121年、その前身である宗学林から数えると151年目の春を迎えました。

 にぎやかな都心部にありながらも、江戸の面影を今に伝える護国寺の環境に抱かれた学び舎は、今も静かに悠久の時を重ねています。本校の近くに邸宅があった日本大学の学祖・山田顕義のお墓は護国寺にあります。初めから日本大学と本校は不思議な縁で結ばれていたのかもしれません。2023年現在、高校2年の文系クラスでは山口県への修学旅行を挙行しています。長州藩出身で吉田松陰の松下村塾で学び、初代司法大臣として近代国家づくりに参画した山田顕義の原点を、21世紀を生きる生徒たちは興味深く、学んでいます。

 現在の校訓『強く 正しく 大らかに』ができたのは、2000年に硬式野球部が甲子園に初出場した時でした。とりわけ大らかな校風の下、誰もが好きなことに熱中できるのが本校の良さといっても過言ではありません。生徒たちに、「学校を表わす一番の言葉は何?」と聞くと、大半の生徒が「大らか」と答えます。例えば、昼休みの売店に遠慮がちな中学生が来れば、高校生がその輪の中にそっと入れてくれるのが、豊山生の大らかさなのです。

 先日も同窓会があり、ローマオリンピック(1960年)のメダリストから19歳の大学生までが一堂に集まりました。そんな一人ひとりが、この先も母校を拠り所にしていけるかどうかが大事なのではないでしょうか。私も卒業生の一人として、卒業生が数多く戻ってくる学校は良い学校の証であると思っています。

沿革
1903年(明治36年) 「旧制豊山中学校」設立
1952年 「学校法人日本大学豊山学園」として日本大学へ移行する
1954年 学校法人日本大学が設置する「日本大学豊山中学校・高等学校」となる
1989年 日本大学創立100周年記念式典
1991年 中台総合グラウンド体育実習棟新築竣工
2000年 校訓「強く  正しく  大らかに」制定
2007年 ダライ・ラマ法王14世来校、講演
2008年 『21世紀東アジア青少年大交流計画』(外務省)参加
2015年 新校舎竣工式記念式典
2016年 校庭完成、新校舎グランドオープン
中台総合グラウンドオープン
平成前半までの卒業生なら知っている
僕らの青春!嗚呼、懐かしの「野栄学寮」

 野栄のさか学寮とは、1996年まで千葉県匝瑳そうさ郡(現匝瑳そうさ市)にあった本校の野外施設のことです。1965年の開設から閉鎖されるまで続いた臨海学校『夏季野栄行事』(通称“のさか”)は、つらかったのになぜか懐かしい特別な思い出として語り継がれています。

「九十九里浜に面する野栄学寮での生活(2泊3日)は、毎朝5時30分の起床から始まります。教員たちと一緒に体操したあと、砂浜をランニングするのが6時でした。水泳やそのほかのスポーツ、もちろん授業も午前・午後にしっかり入っていました。そんな学寮生活の中で私が何よりもつらかったのは、井戸水を使った屋外プールでの水泳の授業でした。なにしろ水が冷たく、もれなく脚がつるのです。それでもみんな笑っていました。誰かが日誌に、『先生の顔が鬼に見えた』と書いていたこともよく覚えています(笑)。逆に、『野栄での厳しい集団生活を通して“豊山魂”を培った』という硬派な生徒もいます。疲労回復のため酢を入れて作る名物の酸っぱいカレーも初めは驚きましたが、みんなで味わうからうまいのです。いずれにしても男子校だからこそ体験できた、つらいのに懐かしい最高の思い出です」(田中先生)

竣工時の野栄学寮。開設から31年にわたり臨海学校『夏季野栄行事』が行われていました。竣工時の野栄学寮。開設から31年にわたり臨海学校『夏季野栄行事』が行われていました。
真夏でも冷たかったといわれる思い出の野栄学寮の屋外プール。真夏でも冷たかったといわれる思い出の野栄学寮の屋外プール。
校舎に対する歴代のこだわりは世紀を越えて
ワンランク上の未来型キャンパスへと継承

 東京メトロ有楽町線「護国寺」駅から徒歩10秒というアクセスの良さが魅力の日大豊山。制震装置を設置した地下2階、地上11階建ての校舎からは、緑豊かな護国寺の境内が一望できます。

「校舎へのこだわりは本校の伝統ともいえます。1961年には当時としては珍しい屋内プール(6コース)があり、1964年の東京オリンピック開催時には、海外の選手が本校のプールでウォーミングアップをしてから会場に向かいました。また1967年には、当時の1号館屋上にプラネタリウムが設置されました。残念ながらプラネタリウムはもうありませんが、2016年に待望の新校舎とともに新たに誕生した屋内温水プールは、10コースにスケールアップし、眺望が素晴らしい最上階に設置されています。災害時にはプールの水をろ過させることにより、生活用水として再利用できる優れものとして注目を集めています。安心・安全、そして省エネ・環境にも配慮したワンランク上のキャンパスを、お子さんと一緒に確かめながら、本校の歴史に触れていただくこともまた、日大豊山ならではの学校説明会になると思っています」(田中先生)

教室から眺望できる大本山護国寺の境内。今も学校の変遷を静かに見続けています。教室から眺望できる大本山護国寺の境内。今も学校の変遷を静かに見続けています。
最上階(11階)にある25m×10コースの温水プール。中高ともに強豪である水泳部の拠点です。最上階(11階)にある25m×10コースの温水プール。中高ともに強豪である水泳部の拠点です。
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