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私立中高進学通信

2024年4月号特集

創立100周年以上の伝統校

日本工業大学駒場中学校

まじめな“ものつくり”の魂を
「熱い」教師力で継承する

校長/大塚勝之先生校長/大塚勝之先生

 本校は「東京工科学校」として117年前、1907年に設立されました。現在の文京区小石川で産声を上げたのが始まりで、校舎が手狭になり、1911年に神田錦町に移りました。1930年に鉄筋コンクリートの校舎が落成した翌年、5年制の「東京工業学校」となりましたが、空襲で再び校舎を焼失し、運動場として使っていた現在地の駒場に移転したのが終戦から3年後のことでした。戦後は高校を東京工業高校、中学を東工学園中学校と称していました。1967年の日本工業大学設立を経て、2008年に日本工業大学駒場中学校と改名し目黒区駒場にある唯一の私学として「駒場」の名称を大切に継承しています。

 本校は2023年の工業科卒業生を以て、創立以来115年間続けてきた工学系学科の運営を終え、いわゆる普通科をベースとした完全進学型の中高一貫校として生まれ変わりました。とはいっても、伝統の「ものつくり」のDNAが消滅したわけではありません。教員は皆“熱い”からです。生徒一人ひとりと徹底して関わる姿勢というものは、工業教育で培われた、つかず離れずの“ものつくり教育”に裏打ちされたものなのです。学ぶ者、教える者双方に、まじめな姿勢がなければ良いものを作ることはできません。教育もまったく同じです。まじめに生徒と向き合い続ける先生方の熱い胸のうちに、ものつくりのスピリットは受け継がれていることを確信しています。

 本校では、教科型入試と適性検査型入試に向かう希望者に向けて、『入試プレテスト』を用意しています。全ての受験生の頑張りを応援したいからです。既に30年以上の歴史があり、2023年度は500名程の受験生が受験しました。アンケートには、『熱意のある先生方の面倒見の良さを感じました』『ウェルカムな雰囲気に魅了されました』など、保護者からの感謝の言葉が溢れていました。普通科になったからといっても、ものつくりからつながる精神は、まったく変わっていない21世紀の「にちこま」です。

沿革
1907年(明治40年) 「東京工科学校」設立。校舎は小石川区水道端町
1908年 2月開校。生徒数70名
1911年 神田錦町に移転
1923年 9月、関東大震災により校舎全焼
1931年 5年制の「東京工業学校」設置
1948年 目黒区駒場町(現在地)に校舎落成
神田より移転し、「東京工業高等学校」、「東工学園中学校」設置
1967年 学園創立60周年。日本工業大学開学
1987年 ミニSL国際フェスティバル開催(日本工業大学)
2007年 創立100周年記念式典。ミニ鉄道フェスティバル開催(日本工業大学)
2008年 現校名に改名。男子校から共学校へ移行
2017年 創立110周年記念建設事業(校舎大規模リニューアル工事)竣工
2021年 高校に「普通科・文理未来コース」新設
実習工場で作られた日本初の飛行機作成の熱・魂は今も健在!
伝説の国鉄マンが指導したミニSLは今も校内を走る!
同校の実習工場で製作された日本初の飛行機『日野式第2号機』。同校の実習工場で製作された日本初の飛行機『日野式第2号機』。

 ライト兄弟による人類初の動力飛行から7年後、日本で初めての飛行機が、東京工科学校の実習工場で製作されました。

「日露戦争が終わって5年後、国力を競い合う状況下で、国産初の飛行機製作という本校の史実は、まさに偉業ではないでしょうか。1910年、青山練兵場(現在の明治神宮外苑)で行われた飛行試験は残念ながら失敗に終わりましたが、以降、夢に向かって走る積極果敢なチャレンジ精神は、本校の伝統であり財産になっています」(大塚先生)

 当時の飛行機は『日野式第2号機』と呼ばれ、その実寸大レプリカが現在も日本工業大学内に展示されています。

 一方、現役で活躍している「にちこま名物」もあります。1960年代以降、生徒の実習作品として複数製作されたミニSLです。メンテナンスは代々ものつくり部SL班のメンバーが行っており、オープンキャンパスや文化祭などでのミニSL乗車体験が人気を集めています。

「ミニSLは1,000点におよぶ手作りのパーツで組み立てられており、その製作カリキュラムを作った方が、旧国鉄マンの大石和太郎先生でした。1964年10月1日、東海道新幹線開業の日、上りの一番列車に運転士として乗車した方としても知られています。ちなみに、工業科時代の生徒たちが渾身の力を込めて製作したミニSLは、本校の工作室にまだ数十台保管されています」(大塚先生)

 日野式第2号機もミニSLも、同校が日本一の工業教育をめざした証なのです。

自分の行きたい大学にこだわって学ぶ『日駒光風塾』
究極の学校完結型で挑む、にちこまのニューウェーブ
大学進学支援センター『光風塾』。同校の校舎から最寄り駅に向かって徒歩2分ほどの至近距離にあります。大学進学支援センター『光風塾』。同校の校舎から最寄り駅に向かって徒歩2分ほどの至近距離にあります。

 同校では、総合型選抜や学校推薦型選抜を利用して大学に進学する生徒もいますが、それよりも多いのが一般入試組です。本当に自分の行きたい大学にこだわろうという雰囲気が進路指導に定着していることも大きいようです。

「一般入試で最後まで頑張る生徒たちの夢を、現役合格という形で叶えられるようサポートしているのが、難関大学受験に特化した対策プログラム『光風塾』(選抜制)です。“塾”といっても費用は一部教材費などを除いて無料です。難関校の合格実績も豊富な塾頭の下、東大生約15名が講師となって指導しています」(進路指導室長/竹内真先生)

 光風塾の利用は、放課後から21:00まで。土日・祝日も自習室の利用が可能です。

進路指導室長/竹内真先生進路指導室長/竹内真先生

「2022年7月からは、中2と中3を対象にした選抜制の『光風塾ジュニア』(定員40名)も始まりました。中学生にはなるべく楽しく、基礎を学んでもらうことをコンセプトにしています」(竹内先生)

 もちろん“塾”に入れなかった生徒たちのケアも万全です。

「新年度からは、動画学習ツールの活用と、チューターとして協力する卒業生たちの力を借りた、新しい放課後指導も本格的に稼働する予定です。頑張る先輩たちの背中を見て、自分も頑張ろうという気持ちが芽生え、新しい伝統を作っていくものと確信しています」(竹内先生)

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