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私立中高進学通信

2014年12月号

The Voice 校長インタビュー

浦和明の星女子中学校

蒔かれた種が芽を出したことを
50周年が近づき実感しています

島村 新( しまむら しん)。1970年、浦和明の星女子高等学校に社会科教員として着任。以来『明の星教育』に魅せられ、現在に至る。2000年に教頭に就任。2003年の中学校開校以後、2008年に副校長、2012年に浦和明の星女子中学・高等学校の7代目校長となる。

島村 新(しまむら しん)
1970年、浦和明の星女子高等学校に社会科教員として着任。以来『明の星教育』に魅せられ、現在に至る。2000年に教頭に就任。2003年の中学校開校以後、2008年に副校長、2012年に浦和明の星女子中学・高等学校の7代目校長となる。

明の星の歴史と時の流れを痛感
[沿革]1934年、聖母被昇天修道会(本部カナダ)より5人の修道女が来日し、1937年、青森市に青森技芸学院(現・青森明の星高等学校)を開校。学園創立30周年にあたる1967年、浦和市(現・さいたま市緑区)に浦和明の星女子高等学校を開校。2003年、浦和明の星女子中学校開校。[沿革]1934年、聖母被昇天修道会(本部カナダ)より5人の修道女が来日し、1937年、青森市に青森技芸学院(現・青森明の星高等学校)を開校。学園創立30周年にあたる1967年、浦和市(現・さいたま市緑区)に浦和明の星女子高等学校を開校。2003年、浦和明の星女子中学校開校。

 イエス・キリストの教えに基づく “正(せい)・浄(じょう)・和(わ)” を校訓に誕生した本校は、2016年に創立50周年を迎えます。これを記念した新校舎の工事が始まっています。竣工予定は2018年。内装工事を卒業生の一級建築士が担当しています。彼女が著した『建築の仕事につきたい!』という本に「同窓会に出席させていただいた際の島村先生との会話でこの本を締めくくることにしました」と記してくれています。

 今年の6月にも同窓会があり、還暦を迎えた卒業生から若い卒業生までが集まりました。「もうすぐ50周年」という思いが私の念頭にあるからでしょうか。今年は例年にも増して懐かしさと同時に明の星の歴史を強く感じています。

 この同窓会で、私はずっと気にかけていた卒業生と再会を果たしました。高校時代に1年間アメリカに留学した生徒です。アメリカの大学への進学を望んでいましたが、ご両親の許しを得られませんでした。彼女は進学せずに就職したので、本校が最終的な母校となっています。今回、その卒業生と久しぶりに顔を合わせ、心ゆくまで話ができたのです。うれしさとともに時の流れを痛感しました。

闘病中に母校を顧みて洗礼を受けた卒業生

 悲しい出来事もありました。今年の夏、本校に卒業生から電話があり、重病で入院している同級生がキリスト教の洗礼を受けるかどうか迷っているというのです。私は、教え子2人のために何かしてあげたいと思い、教会の事務所に勤めている、先輩の卒業生に病院へ行ってもらいました。そして彼女は9月に洗礼を受けました。電話をくれた卒業生によれば、彼女は「昔、明の星で学んだことは、こういうことだったんだ」と納得していたそうです。

 見舞いに行く機会を得られなかった私は、彼女の病室にあてて手紙を書きました。すると、その手紙が戻ってきてしまいました。彼女は手紙が病室に届いた日に亡くなっていたのです。私はショックを受けましたが、彼女は天国で私の手紙を読んでくれたはずだと思っています。

母校のあるこの丘辺に桃の花が咲くように

 時を同じくして、ある卒業生から手紙をもらいました。朝礼で私が話したことをまとめた本『桃の花咲く この丘辺』を送ったことへの礼状です。

 本校が建てられる前、ここは桃畑でした。タイトルにある『桃の花』は明の星の生徒を表しています。彼女の手紙には、こんな一節がありました。

「いつ花が咲くかわからないけれど、その日のために生徒の心に種を蒔いてくださったのだと感謝の気持ちでいっぱいになりました」

 病気の卒業生に洗礼を授けた神父も、彼女が本校を思い出してくれたことに対して「明の星で蒔かれた種がやっと芽を出したのですね」と述べていました。偶然にもこの礼状をくれた卒業生と、洗礼を受けた卒業生は同じクラスだったのです。クラスメートの死を彼女は知るよしもありません。

 最近、卒業生から手紙が寄せられるようになりました。創立から50年近くが経ち、卒業生の多くが母校の教育を生き方の本質として捉えられるようになってきたのでしょうか。私は蒔かれた種が芽生える時期が半世紀をかけて訪れたことを実感しています。

新しい明の星の出発は “正・浄・和” の徹底
“正・浄・和”の校訓

正(正しく)とは
ほんとうの自分になる → 使命を生きる

浄(浄きよく)とは
ほんとうの自由を生きる → ありのままを生きる

和(和やかに)とは
ほんとうの平和を生きる →「みんな」生きる

  “正・浄・和” の校訓は「新約聖書」にある「山上の説教」に関連しています。その中のイエス・キリストの言葉「義に飢え渇く人々は、幸いである」から “正” を、「心の清(浄)い人は、幸いである」から “浄” を、「平和を実現する人は、幸いである」から “和” をというふうに。

 私は月に1回全校生徒が集う『アッセンブリ』で語りかけ、これらの意味を1年間かけてお話しています。一昨年は “正” について、昨年は “浄” について生徒といっしょに考えました。

 今年のテーマは “和” です。私は生徒に「 “和” が成立するためには何が必要だと思いますか?」と問いかけました。最も多かった答えが「思いやり」です。次に多かったのが「いっしょに同じ目的をもって行動すること」でした。

 ここまでが今年の前期の話です。後期に入って中1の生徒3人が目を輝かせながら紙製のカバンを持って私のもとに駆けつけてきました。夏休みに教会に行き、ロールプレイを体験したということでした。自分たち3人が異なる障がいをもつ人の役をして、協力して、そのカバンを作ったというのです。「これだ!」と思った私は『アッセンブリ』で、全校生徒にこのカバンを見せて語りかけました。

  “和” に必要なことは「思いやり」や「同じ目的」とともに一人ひとりの違いを認めることだと思います。 “和” は年齢や性別や国籍といった違いを乗り越えて “みんな生きる” ことではないでしょうか。

 キリスト教では、人間一人ひとりは、それぞれ違った使命を与えられていると考えます。使命を果たすことは、 “ほんとうの自分を生きる” ことであり、それは “ありのままを生きる” ことだと思います。そして、そのことは、違いを越えて、 “みんな生きる” ことにつながるはずです。これが私たちの考える “正・浄・和” です。

 創立50周年は、新しい明の星の出発です。校訓に基づく教育にもっともっと力を注ぎ、生徒の心に “正・浄・和” の種を薪き続けたいと思います。

(この記事は『私立中高進学通信2014年12月号』に掲載しました。)

進学通信2014年12月号
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