浦和学院高等学校を卒業後、大学での学びを経て、2025年4月より母校で教壇に立つ同期のお二人。高校時代の思い出や進路選択の過程、大学での学び、そして「教員になる」ことを決意した背景についてお話を伺いました。
浦和学院高等学校を卒業後、大学での学びを経て、2025年4月より母校で教壇に立つ同期のお二人。高校時代の思い出や進路選択の過程、大学での学び、そして「教員になる」ことを決意した背景についてお話を伺いました。
新清明日香 先生(理科)新清先生街中で浦和学院の制服を見かけ、「かわいい」と思ったことがきっかけです。オープンスクールに参加して個別相談を受けた際に、先生方がとてもていねいで熱心に対応してくださり、「ここなら頑張れそう」と直感しました。高校生になったら勉強に集中しようと決意したこともあり、浦和学院を志望しました。
江丸先生中学時代は吹奏楽部に所属していたので、吹奏楽が盛んな浦和学院に興味をもちました。一方で、高校では勉強にしっかり向き合いたいと考えており、浦和学院の大学進学へのサポート体制が充実している点も、入学を決めた大きな理由です。
新清先生
生徒数が多い学校なので、「馴染めるかな……」と最初は不安でした。でも、クラスメイトがとても優しくて、初めてみんなでお弁当を食べた時は、安心感から思わず涙が出てしまったほどです。そこから一気に距離が縮まり、不安も消えていきました。卒業して5年経った今でも会うほど仲の良い友人に巡り合えたことが、入学して本当によかったと思える出来事の一つです。
江丸先生
生徒数が多いことは知っていましたが、実際に通ってみると、想像以上ににぎやか(笑)。でもその分、価値観が多様で、授業でも文化祭でも「この人数だからこそできる」ことがたくさんありました。画一的ではなく、いろいろな個性を受け入れてくれる校風を実感しましたね。
新清先生「特進コース」に在籍していたので、放課後はほぼ毎日、自習室や図書館で勉強していました。友人と自習室へ向かいながら他愛もない会話をしたり、一緒にテスト勉強をしたり、友人の存在が支えになりました。勉強が好きというより、「できることが増えていく」ことに喜びを感じていて、“目標に向かって苦手を克服したい“という思いが強くありました。
江丸先生高校では勉強に力を入れたいと思い、中学でやってきた吹奏楽とは一度距離をおくことにしました。もともと興味があった「英語でのコミュニケーション」を深めたいと思い英語部に入り、さらにボランティアや海外研修など、多彩な経験を積むことを意識して行動していました。
新清先生高1で参加した「カンボジア研修旅行」(※)です。海外に興味はありましたが、カンボジアには少し偏見もあり、自分の目で確かめたいと思って参加しました。実際に現地を訪れてみると、インフラ整備が追いついていない地域があるなかでも子どもたちの夢や希望にあふれた様子を見られ、印象的でした。
江丸先生私にとっても「カンボジア研修旅行」は大きな経験でした。実際に現地で孤児院や学校、遺跡を訪れ、日本にいるだけではわからない「見えない側面」に触れることができました。高2の1月に参加したのですが、それ以降、自分の将来を具体的にイメージするようになりました。
※カンボジア研修は、同国の国会議員シアン・ナム先生と同校神成理事長のつながりから、2015年にスタートしたプログラム。
江丸智紀 先生(英語科)新清先生高1の頃から教員という職業に興味をもち、埼玉大学を志望していましたが、先生から「目標は一つ上を」とアドバイスされ、東北大学を目標に据えて勉強を続けました。数学が苦手で成績が伸び悩む時期もあって、3年間ずっと放課後になると質問をしに職員室を訪れていました。先生方はとてもていねいに教えてくださり、1冊の参考書を徹底的に解き直していました。つらい時も、「先生方に笑顔で合格を報告したい」という気持ちが支えになりました。先生方の存在がなければ頑張れなかったと思います。
江丸先生具体的な進学先を決めたのは、高3の夏頃でした。先輩の進学先や英語の教員免許が取れる大学を比較しながら大学・学部を決めました。私の場合、カンボジア研修やボランティア、英検などの経験を活かして指定校推薦で進学しました。自分の強みを活かせる体制が敷かれていることや、サポートが充実しているのも浦和学院の良さだと思います。
新清先生“理科を教えたい”という思いがあり、教育学部ではなく、あえて理系の専門学科(分子生物学)を選びました。専門知識を深め、授業で“ワクワク感”を伝えられる教員になりたいと思ったからです。
研究室では遺伝子組み換えなどを行い、特定の遺伝子の生理機能解析を行っていました。初めはわからないことだらけで大変でしたが、教授や先輩、同期の人たちに支えてもらうことで、まだ解明されていないことを少しずつ解き明かしていく過程に楽しさを感じました。実験を通して専門的な知識だけでなく、先を見越して計画を立てて行動する力を身につけることができました。
江丸先生大学では英語を学びましたが、「話せるようになりたい」というより、英語圏の文化を深く理解したいという思いが強かったです。話すためには文化的背景やマナーを知る必要があると思い、文化に関する学びを深めました。
ゼミでは映画・演劇を扱い、アメリカ、イギリス、韓国、中国など、多くの映画を観ました。言語学の視点から多様な作品を分析するなど、とても充実していましたね。卒論は“ホラー映画”について書きました。それから、高校時代にいったん吹奏楽と距離をおいたことで、「もう一度やりたい」という気持ちがわき起こり、大学では地域の楽団に参加して演奏を続けていました。
新清先生受験を通して、「準備をすれば自信につながる」ということを学びました。「受験は不安だと思うけれど、揺るぎない自信をつけなさい」と生物の先生が私にかけてくださった言葉が、今でも心に残っています。努力した分だけ自信になる——その経験は今も私を支えてくれています。
江丸先生勉強は得意ではありませんでしたが、わからないことは何度も先生に聞いて、理解できるまで粘り強く続けました。挫折を感じる場面もありましたが、「負けたくない!」という気持ちで乗り越えてきました。ボランティアや学級委員など、浦和学院でのさまざまな経験が自分を強くしてくれたと思います。
新清先生中学の担任の先生から「向いているよ」と言われたことがきっかけで、教員という職業に興味をもち始めました。その後、高校で3年間支えてくださった先生方の存在が決定的となり、「私も生徒に頑張るきっかけを与えられる先生になりたい!」と思うようになりました。
江丸先生中学時代から教師に憧れていましたが、浦和学院で出会った先生方により、なりたい教員像が明確になりました。「どうしてこんなに引き出しがあるのだろう」と思う先生方ばかりで、ボランティア活動や部活動も含め、多様な経験を積む姿勢に強く影響を受けました。
新清先生「いつか先生方と一緒に働きたい」という思いがずっとあったので、母校に戻れたことが本当にうれしいです。お世話になった先生方に恩返しがしたいという気持ちも強くあります。
後輩たちは明るくてエネルギッシュで、廊下ですれ違うだけで元気をもらえます。無邪気でまっすぐで、「先生、先生」と声をかけてくれる姿がとてもかわいらしいです。そんな生徒たちに、これからたくさんの愛情を注いでいきたいと思っています。
江丸先生進路指導で支えていただいたこと、そして教育実習でお世話になったこと──その感謝を形にしたくて、母校に戻る決断をしました。迷惑をかけることもあったので、今度は恩返しできるよう精いっぱい頑張りたいです。
母校の雰囲気は昔と変わらず、帰ってきた時に安心感がありました。今年は3年生の英語を担当していますが、「先生、合格しました!」と笑顔で報告にきてくれる生徒がいて、本当にうれしかったです。教える喜びを実感した瞬間でした。
新清先生浦和学院には、本当に多様な生徒が集まっています。さまざまな価値観に触れ、いろいろな人と出会えるのが魅力です。類型・コースや部活動においても、自分の興味・関心に合わせて挑戦できる環境が整っており、“新しい自分”に出会う一歩を踏み出せる学校です。面談もこまめに行いますし、面談がない日でも、先生方がしっかり声をかけ、全力でバックアップしてくれます。安心して飛び込んできてほしいです。
江丸先生勉強が得意でなくても、通いやすい学校だと思います。放課後学習センターや自習スペースが充実していて、わからないところは担当の先生へ気軽に質問できます。また、学習面だけでなく、ボランティア活動や地域・国際交流の機会も以前より格段に増えているので、多彩な経験ができると思います。視野が広がり、将来の進路を考えるうえでも大きな財産になるはずです。
よく勉強していたという思い出の個別ブース。静かに集中できる、自習の“定位置”でした。
吹奏楽部の部室棟前で。現在、江丸先生は同部の顧問も務めています。
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