LINEで送る

スクールポット高校受験版 - 首都圏学校情報検索サイト

ツイッター フェイスブック

私立高校 進学なび

2016 ウェブ版

学校歴史探訪
錦城学園高等学校

明治22(1889)年に作られた大看板

明治22(1889)年に作られた大看板

神田移転当時の大看板

 錦城学園高校の前身は、「国際社会に通用する人間づくり」、「実学の徹底」という建学の精神を掲げて、明治13(1880)年に開かれた「三田予備校(翌年、三田英学校に改称)」です。創立者は矢野文雄(号は、龍渓)という人で、ジャーナリストで政治家でもあった明治の知識人でした。創立から9年後の明治22(1889)年には三田から今の場所に移転しました。そのときに校名を「錦城学校」としたのです。当時、校舎に掲げられていたのがこの額で、明治時代の著名な書家、巖谷一六が書きました。

 校名の由来はさまざまに伝わっています。そのひとつが「神田錦町にあるお城のような学校」から来ているという説ですが定かではありません。どちらにしても、近代の象徴の一つであった赤レンガで造られた立派な校舎は、多くの人々の目を引きつけたことでしょう。残念ながらこの校舎は数年後に火災で焼失してしまいます。しかし、学校の名前を記した大看板だけは今に伝わっています。校舎の階段を上がってすぐ右手に掲げられていますので、見学に行ったときにはぜひチェックしてみてください。

共学化で新たな歴史を紡ぐ

 同校はその後、商業科を設置、小平に錦城高等学校を移転・開校するなど発展を遂げてきました。平成18(2006)年には男女共学化を実施、学園の歴史の中でも画期的な出来事でした。共学化を機に制服を一新。都会的で落ち着いたイメージを醸し出す濃紺のブレザースタイルになりました。クラス単位で行われていた修学旅行は、生徒の選択制に変わり、イギリス、アメリカ、イタリアの3コースから選べるようになりました。また、部活動では女子も加わり男子校時代よりも、より活発な活動ができるようになりました。

 男子校以来の面倒見のよさや、先生と生徒との和気あいあいとした下町の校風は健在のまま、活気ある都心の共学校としての位置を確立しつつあります。来年度から、夏のニットシャツ(ポロシャツ)が制服として加わるなど、生徒のライフスタイルに合わせた変更が行われる予定です。

(この記事は2016年9月に掲載しました。)

進学なび2016年ウェブ版
紹介する学校
共学校 共学校   女子校 女子校   男子校 男子校
この号のトップに戻る 進学なび一覧を見る
ページトップ