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姉弟そろって獨協埼玉から未来へ
埼玉県庁で地域に貢献する姉 × 京都大学で人文学を学ぶ弟

獨協埼玉高等学校

〒343-0037
埼玉県越谷市恩間新田寺前316

TEL:048-977-5441

学校情報 学校HP

 生徒一人ひとりの自主性を尊重する獨協埼玉高等学校。この学び舎を卒業した、AさんとRさん姉弟がいます。姉のAさん(2021年卒)は現在、埼玉県庁の職員として防災業務に尽力。4歳離れた弟のRさん(2025年卒)は、京都大学文学部で人文学の探究に励んでいます。今回は、Aさんの担任を3年間、Rさんの担任を2年間務めた高山裕子先生(英語科)を交え、「獨協埼玉での経験が導いたそれぞれの未来」をテーマに語り合っていただきました。

姉は努力家、弟は天才肌
対照的な二人が選んだ獨協埼玉

姉のAさん(2021年卒) 姉のAさん(2021年卒)
・埼玉県庁に勤務
弟のRさん(2025年卒) 弟のRさん(2025年卒)
・京都大学文学部人文学専攻1年

まずは、お二人が獨協埼玉に入学したきっかけを教えてください。

Aさん(姉)母の知人から「獨協埼玉はのびのびと学べる良い学校だよ」と勧められたのが最初です。実際に学校見学に訪れて、魅力を肌で感じたことがきっかけになりました。

Rさん(弟)姉が毎日とても楽しそうに学校生活を送っている姿を見て受験を決めました。私が中学に入学した当時、姉は高校2年生でした。

高山裕子先生(英語科) 高山裕子先生(英語科)

高山先生からご覧になって、お二人はどのような生徒でしたか?

高山先生姉のAさんの第一印象は、いつも笑顔で話しかけてくれる、明るくて人懐こい女の子でした。当時はまだ小学生の面影を残していましたが、いざ話してみると、自分の考えをしっかり持ち周囲を見ながら行動できる生徒であることに驚かされたのを覚えています。

 中学校から高校へと成長するにつれて、彼女の持ち味である発想力や企画力にはますます磨きがかかっていきました。クラスのまとめ役として素晴らしいリーダーシップを発揮してくれたほか、私が顧問を務めていた「イングリッシュ部」でも、部長として皆を引っ張る大活躍を見せてくれたのです。また、勉強面における努力家な一面も印象に残っています。苦手な科目からも逃げずにコツコツと努力を積み重ね、常に学年トップクラスの成績を維持し続けていました。

 Rさんに関しては、入学前から本校の文化祭に何度も足を運んでくれていたため、入学時には“Aさんの弟”であることは教員全員が知っていました。そのため、私は彼の中学時代直接担当することはありませんでしたが、ほかの教員たちとともに「お姉さんと同じように健やかに育ってほしい」と願いながら、彼の成長を見守っていました。

 Rさんが高1の時に英語の授業を担当し、高2から高3の間は担任を務めました。努力家のお姉さんに対して、弟のRさんは天才肌の生徒でしたね。幅広い知識をもち、自分の興味があることを徹底的に追究していくタイプでした。しかし、発想力や企画力に優れ、クラスをより良い方向へと引っ張ってくれるリーダーシップは姉と同じく素晴らしいものがありました。

姉は両親の影響を受けて埼玉県庁職員に
弟は中2の時の哲学的な授業がきっかけに

Aさんが埼玉県庁職員を、Rさんが京都大学をめざした理由を教えてください。

Aさん(姉)両親が埼玉県庁の職員だったこともあり、以前から私も同じ道を歩みたいと考えていました。一方で、医療や福祉に関わる「作業療法士」になりたいという目標もあったため、国立大学への進学も視野に入れつつ、最終的には日本女子大学の人間社会学部社会福祉学科へ進学しました。

 大学時代は、障がいをもつ方の自宅を訪問して介助を行うサークルに所属していました。こうした活動を通じて「地域社会に貢献したい」という気持ちが一段と強まり、公務員試験の勉強を始めて埼玉県庁に入庁しました。2年目を迎えた今、仕事に大きなやりがいを感じています。

Rさん(弟)京都大学を意識したのは高3の春です。それまでは東京大学をめざしていましたが、当時の学力では厳しいと感じていました。そんな時、一緒に最難関をめざして勉強していたクラスメートが「京大の自由な雰囲気が合っているんじゃないか」とアドバイスをくれ、志望校を変えることにしました。現役時は届かず、1年間の浪人生活を経て今春、合格を手にすることができました。

 文学部人文学科を選んだのは、哲学に興味があったからです。中2の時に哲学的な文章を書く授業があり、「善とは何か」を考え始めたことが、哲学の道へ進むきっかけになりました。まだ大学1年生なので講義は主に一般教養ですが、専門科目も受講しています。例えば「科学と、占星術のような非科学の境界線はどこにあるのか」といった、興味深い講義を受けています。

 こうして大好きな哲学を学ぶ一方で、アメフト部のマネージャーとしても活動しています。マネージャーの主な役割は、スポンサー獲得や会計業務、イベント運営などです。今年は新たな挑戦として、地域のお店を集めた部員による「マルシェ」の開催を私から提案しました。京大アメフト部では初めての試みです。

 これからも哲学の研究に励みつつ、先輩や同級生とたくさんの対話を重ねながら、将来どんな道に進むべきかをじっくり考えていきたいです。

迷わずにチャレンジできる自分になれたのは
高山先生のおかげです

高山先生に感謝していることは何ですか?

Aさん(姉)実は中学時代、宿題を忘れたり、クラスメートと口げんかをしたりすることが少なくありませんでした。思春期も重なって高山先生に反抗したこともありましたが、先生はどんな時も私の味方でいてくださいました。

 高校生になってからもそれは変わりません。何があっても最後の最後まで頼れる存在として、私を応援し続けてくれました。私が「新しいことに挑戦したい」と相談すると、先生はいつも「絶対にやったほうがいい。その経験がいつか役に立つから」と言ってくださいました。その言葉があったからこそ、私はどんな時も迷わずに行動へ移すことができたのだと感謝しています。

 大学に進学し、さまざまなことにチャレンジできる自分になれたのも、高山先生のおかげです。指導が厳しいことで有名なゼミに入ろうか悩んだ時も、「高山先生ならきっと『背中を押してくれるはず』」と考えて受講を決めました。

 そうして前向きに行動できるようになったことが、今の仕事(県庁での業務)にも確実に活きています。卒業した今でも、母校へ足を運んでは高山先生に近況を報告しています。高山先生は、私にとって“もう一人の母親”であり、心から大好きな恩師です。

Rさん(弟)高山先生には、いつも叱咤激励していただきました。高2で担任になっていただいてからは、「東大に行きたいなら、これまで以上に本気を出さないと合格できないよ」と、繰り返し言葉をかけてくださったんです。

高山先生中高時代のRさんは、そこまで真剣に勉強へ打ち込まなくても、常に好成績が取れる生徒でした。だからこそ、高校時代に自分の実力を100%出し切り、自分の限界に挑戦するという経験をしてほしいと思っていました。現役合格を逃した悔しさや浪人生活での苦しさは、彼を更に大きく成長させたのだと思います。その努力の先に京都大学という高い目標を達成したと聞いたときは、私も胸が熱くなりました。

Rさん(弟)高山先生だけでなく、ほかの先生方やクラスメートにも心から感謝しています。決して自分の力だけで京都大学に合格できたわけではありません。

 先生方は、大学の過去問が掲載された問題集を何冊も薦めてサポートしてくださいました。また、切磋琢磨できる2人のクラスメートの存在も大きかったです。放課後に先生方が教室を開放してくださったので、3人で電子黒板に数式を書きながら、数学の問題を解き合ったり、別解を考えたり、教え合ったりしていました。そのうちの1人が、私に京大を勧めてくれた友人で、彼は現役で東京科学大学に進学しました。もう1人は僕と同じく浪人して慶應義塾大学に合格しました。

 浪人中も、母校との絆は途切れませんでした。「浪人の会」で集まって受験情報を交換したり、獨協埼玉に顔を出して模試の結果を先生方に報告したり。共通テストの前にも学校に集まり、先生方から熱い激励の言葉をいただきました。

生徒の背後には、いつも大きな安心感が控えています

心に残っている学校行事を教えてください。

Aさん(姉)私は文化祭の「蛙鳴祭(あめいさい)」が大好きで、毎年とても心待ちにしていました。なかでも一番の思い出は、高2の時にクラスでミュージカルの『アラジン』を上演したことです。

 高2の秋といえば、誰もが大学受験を意識し始める時期です。しかも私たちのクラスは、国公立大学や難関私立大学をめざす「選抜クラス」でした。周囲がピリピリしがちな状況でしたが、高山先生が「受験期だからこそ、文化祭を思い切り楽しみましょう!」と声をかけてくださったんです。その言葉に背中を押され、準備に時間のかかるミュージカルに挑戦することになり、私は主役の“ジャスミン”を演じました。

Rさん(弟)姉が今話したように、高山先生は勉強だけでなく、行事の面でも私たちの自主性をとても大切にしてくださいました。

 心に一番残っているのは、高2の時の沖縄への修学旅行です。私も姉と同じく選抜クラスに在籍していましたが、こうした学校行事の時は、みんなが普段の厳しい勉強を忘れて全力で楽しんでいました。この旅行をきっかけに、クラスの絆がさらにギュッと強まったのを感じています。

当時を振り返って、思い起こされる獨協埼玉の一番の魅力を教えてください。

Aさん(姉)たとえ失敗しても、先生方が必ずフォローして「次は絶対に成功させよう」と応援してくださるところです。生徒の背後には、いつも大きな安心感が控えています。

 だからこそ、何事も恐れずに全力を注ぐパワーがわいてきますし、自分の可能性をどこまでも大きく広げられる場所、それこそが獨協埼玉のいちばんの魅力だと思います。

Rさん(弟)当時の学年主任の先生が「チャレンジ」というスローガンを掲げていたこともあり、私をはじめ多くの生徒が自分のやりたいことに全力で打ち込んでいました。そこで培った「挑戦する喜び」が、今の自分の大きな原動力になっています。この力をこれからも大切に育みながら、マネージャーとして京大アメフト部を日本一のチームに導きたいと考えています。

受験生や後輩の皆さんへメッセージをお願いします。

Aさん(姉)受験生の皆さんには、獨協埼玉がどれほど「先生と生徒の距離が近く、安心して挑戦できる学校か」を、ぜひ学校見学で体感してほしいと思います。

 そして後輩の皆さん。勉強でも行事でも、少しでも「やってみたい!」と心に浮かんだことがあれば、この学校の自由な環境をフルに活かして、どんどん形にしていってくださいね。

Rさん(弟)受験生の皆さんに伝えたいのは、獨協埼玉は中入生と高入生の壁が本当になく、全員がフラットに高め合える場所だということです。自由な校風のなかで挑戦を続けるうちに、きっと中学時代とは違う新しい自分を見つけられます。ぜひ、この素晴らしい環境へ飛び込んできてください。

 そして後輩の皆さん、この学校の「自分のやりたいことに思い切り挑戦できる自由さ」の価値を改めてかみしめて、今を全力で楽しんでください。早慶に進んだ仲間たちと集まると、いつも「大学も相当自由だけれど、生徒の自主性を尊重して背中を押してくれる獨協埼玉の自由さはそれ以上だったよね」と話題になります。獨協埼玉だからこそできるぜいたくな経験をたくさんして、未来の自分の力にしていってほしいなと思います。

中庭に面した自習スペースの前で。左からAさん(姉)、高山先生、Rさん(弟)

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共学
獨協埼玉高等学校

〒343-0037
埼玉県越谷市恩間新田寺前316

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